第五章 五年の研究
第五章 五年の研究
五年以上の歳月が流れた。
アンドレイはその間、一日たりとも無駄にすることなく、自らの力と、あらゆる姿における可能性の研究に没頭していた。
彼は新たな装置を生み出し、既存のものを改良し、さらには力のわずかな変化すら測定・記録できる魔法や技術を次々と開発していった。
ある日、リザが静かに口を開いた。
「あなたは本当に止まることがないのですね。すべてを理解したように見える時でさえも……」
アンドレイは手を止めることなく答えた。
「力とは、単なる数値ではない。……たとえ今の俺でも、一つの姿で一万体以上の影を倒すことはできない」
時は流れ、年月は習慣へと変わっていった。
毎日が新たな実験の一章となり、外見こそ変わらぬまま、アンドレイの内面には確かな変化が積み重なっていった。
自己理解はより深く、より正確なものへと進化していた。
やがてリザとドレイクも、この研究の一部となった。
彼らは実験に参加し、データを記録し、変化を観察する役割を担っていた。
リザは時折、砦を離れて世界を旅することもあった。
そして――アンドレイがついに、自らの能力と限界を完全に把握した時。
「ドレイク」
彼は静かに言った。
「しばらく砦を離れる。留守の間、ここはお前に任せる。好きに使っていい。……望むなら、リザのように旅に出てもいい」
ドレイクはわずかに眉を上げ、しばし思案した後、周囲を見渡した。
堅牢な壁、整えられた訓練場――すべてが静かに佇んでいる。
「正直に言えば……ここにいる以上のことは思いつきません。ここは落ち着きますし、何も問題はありません」
アンドレイは小さく微笑み、頷いた。
「そうか。なら頼んだ」
そして彼は続けた。
「この世界について、もっと知る必要がある。砦の外で何が起きているのかをな」
一歩踏み出すその眼差しは、鋭く、決意に満ちていた。
「砦を頼む、ドレイク。必ず戻る」
その言葉を残し、アンドレイは姿を消した。
彼が向かったのは、かつて自分を追放したエルフの都市だった。
地図を確認しながら進む。
その都市はフロツグラード王国とアルタイ帝国の間、旅人さえ滅多に通らぬ荒野と森の境界に位置していた。
道のりは長かったが、アンドレイの歩みは迷いなく、確かなものだった。
今回の目的は戦いでも潜伏でもない――世界を理解することだった。
彼が目指していたのは、エルフの図書館。
この世界でもっとも古く、強大な知識が眠る聖域。
生涯をかけて求めてきた答えが、そこにあると信じていた。
やがて彼はエルフの都市へと到達した。
深夜――静寂が街を包む時を待ち、彼は行動を開始した。
白い石と銀の樹木で築かれた建造物の間を、月光に紛れて進む。
都市全体には微かな魔力が漂っていた。
門に刻まれた発光するルーン、遠方で揺らめく魔力の柱――ここではすべてが監視されている。
だがアンドレイは影の中を滑るように進んだ。
長年の経験と隠密技術により、警備も魔法感知もすり抜けていく。
そしてついに――目的地へと辿り着いた。
都市の中心。
エルフの大神殿の地下にある、最奥の聖域。
そこは世界の知識が集う場所――外部の者には決して許されぬ領域のはずだった。
だが――
中へ足を踏み入れた瞬間、彼は異変を感じた。
静寂。
完全な空虚。
本来であれば無数の巻物や魔法結晶が並ぶはずの壁は、何一つない裸のままだった。
記録も、遺物も、知識の痕跡すら存在しない。
その時――
入口に、ひとりの存在が現れた。
エルフの女王。
威厳に満ち、冷酷で、絶対的な支配者。
その視線は、氷の刃のようにアンドレイを貫いた。
「やはり気のせいではなかったか……」
彼女の声は、空虚な空間に響き渡る。
「ネズミが、我が城に忍び込んでいたとは」
アンドレイは一歩前へ出た。
怒りと困惑が交錯する中、低く問いかける。
「世界の記録はどこだ……?
ここにあるはずの古代の知識は、どこへ消えた?」
女王は微動だにしない。
その眼差しは、すべてを見下すように冷たい。
「知識は、すべての者に許されるものではない」
彼女の声に、空間の魔力すら震えた。
「選ばれし者のみが、この世界の真理を知る資格を持つ。
貴様は――ここで死ぬ」
その瞬間。
細身のエルフ兵たちが、狭い通路を駆け抜け、一斉に襲いかかった。
アンドレイは即座に悟る。
ここに留まれば死――迷う余地はない。
次の瞬間、彼の姿が変わった。
リリス――
光を透過するような軽やかなアストラルの姿。
影のようでありながら、確かな力を宿した形態。
彼は宙へ舞い上がり、床も壁も空気のようにすり抜けて進む。
呼応するように、ファミリアが瞬時に現れた。
(行くぞ)
思念で命じた瞬間――
二つの存在は風のように都市を駆け抜けた。
月光に包まれたエルフの都は、背後へと遠ざかる。
女王の兵たちは追跡を試みるが、そこにあるのはすでに空虚のみ。
ほんの一瞬前まで存在していた影は――もうどこにもなかった。




