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第36章 静かな撤退と新たな道

第36章 静かな撤退と新たな道


シルヴァナは、この都市で得られるはずだった情報を何も手に入れられないまま、その場を離れた。彼女は自らのファミリアー――風の翼獣の上に身を預けた。


柔らかな風が髪を揺らし、翼の起こす空気の流れが身体を包み込む。まるで重さが消えたかのような感覚だった。


彼女は目を閉じ、思考に沈む。


書物で読んできたどの記録にも、東方エルフがこれほど厳格な階級社会を築いているとは書かれていなかった。そこには女王が存在し、明確な序列と支配構造があり、従属は当然のものとして扱われている。

その基準は外部の者には理解できないものだった。


「また失敗ね……」


シルヴァナは静かに心の中で呟いた。求めていたこの世界の情報は、結局何も得られなかった。


選択肢は限られていた。南には大帝国――アルタイ帝国がある。


エルフの村に残されていた古い年代記によれば、それはこの世界で最初に成立した国家だという。

六千年にわたり栄枯盛衰を繰り返しながらも存続し続け、現在では世界屈指の大国となっていた。


強力な海軍、巨大な軍事力、最先端の技術、そして最高位の魔法体系。

すべてにおいて突出した存在だった。


また南西の国家シルデン帝国とは常に衝突を繰り返しており、影響力の覇権を争っている。だが現時点ではアルタイが優勢とされていた。


シルヴァナ――その中にいる“アンドレイ”は思考を整理する。

次に向かうべき場所はそこしかないと判断した。


彼は夜の闇の中でアバターを切り替えた。リリスの形態へ。


非物質的な存在として、影と同化するように帝国の城壁へと現れる。そこには古代の記録を収めた巨大なアーカイブがあった。


だが彼はさらに姿を変える――今度はカイラへ。


鋭敏な感覚と軽やかな身のこなしを持つ暗殺者の姿は、潜入任務に最も適していた。黒い外套は闇と同化し、背には短剣と短剣が静かに揺れている。


城内は複雑な構造だった。細い通路、螺旋階段、複数階に伸びる回廊。


カイラは壁を駆け、手すりを蹴り、影から影へと滑るように移動する。松明の光を避けながら、魔力の罠や封印を瞬時に見抜いた。


扉のいくつかは厳重に封印されていたが、彼女は針と魔力を用いて静かに解除していく。痕跡は残らない。


やがて地下深くへと続く階段にたどり着く。空気は重く、湿っていた。


そしてついに、最奥の扉が現れた。


わずかな呼吸。集中。


カイラは静かに扉を押し開く。


そこに広がっていたのは膨大な書庫だった。古代の書物、巻物、そして微かに魔力を放つ文献群。


ここは帝国の歴史そのものを保存する場所だった。


彼女は魔法体系の記録を中心に閲覧する。ほとんどは既知の内容だったが、時折まったく新しい理論が混ざっている。


その中で、一冊の古びた本が目に留まった。


長い年月放置されていたことが一目で分かるほど、埃をかぶっていた。


表紙には金文字でこう刻まれている。


「魔法とは錬金術である」


奇妙な題名だった。しかし同時に強い興味を引いた。


ページを開く。


著者は魔法を金属のようなものとして捉えていた。鍛冶師が鉱石を溶かし、異なる性質の合金を作るように、魔法もまた組み合わせと変質によって進化するという理論だった。


荒唐無稽にも思えるが、論理としては一貫している。


彼は本を丁寧に拭い、まるで失われた知識を発掘するかのようにインベントリへと収めた。


さらに奥へ進むと、彼が最も求めていた領域――歴史の記録へと辿り着いた。


しかしそこにあったのは、整った年代記ではなかった。


地理も国家も種族も、時代ごとに断片的に書き換えられている。六千年の間に大陸の勢力図は何度も崩壊と再構築を繰り返していた。


かつては獣人が大陸の六割を支配していた時期すらあるという。しかしそれも今では痕跡の一つに過ぎない。


すべてが流動し、矛盾し、確定しない歴史。


確実に言えるのは、古代遺跡だけが唯一の信頼できる証拠だということだった。


魔法とシステム、レベルという概念は、この世界の初期から存在していた。それはエルフの記録にも共通している。


だが最大の謎は別にあった。


エルフという種族そのものだ。


どの記録にも明確な起源がない。村の伝承でさえ、「ある日突然この世界に現れた」としか語っていない。


まるで歴史の外側から現れた存在のように。


その不可解さは、逆にこの世界全体の核心へと繋がっているように思えた。


アンドレイは理解する。


エルフの正体こそ、この世界の根源的な謎を解く鍵になるかもしれない――と。

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