第30章
第30章
アンドレイは東へと旅を続けていた。彼の次の目的地はフロストガルドだった。
フロストガルドは、厳しい北方に位置する小さくも堅固な北方王国である。西側はほとんど通行不可能な高い山脈に遮られ、北には永遠の氷と巨大な氷の尖塔がそびえ立ち、東は冷たい海に面している。その地理的な孤立性ゆえに、外部からの侵入は極めて困難だった。
住民の大半は、この過酷な環境に適応した人間たちである。彼らは狩猟、漁業、そして寒冷地特有の森林資源や石材の加工に長けていた。航海技術は発展しておらず、小さな漁船が北の海を行き交う程度であり、外部との交易は南の帝国の船に依存していた。
フロストガルドにおけるドワーフたちは特別な存在だった。彼らはほとんど地上に姿を現さず、鉱山と鍛冶場にこもっている。その金属加工技術は国家の要であり、山から希少な鉱石を掘り出し、武器や防具、精巧な機械を作り上げていた。彼らは世界の中で「失われた故郷の次にある居場所」としてこの地に留まっている。
この地域は危険と予測不能さに満ちていた。山には獰猛な獣が潜み、氷河は致命的な罠となり、天候は旅人の命を容易く奪う。生存のために鍛えられた人々だけが、この地で生きることを許されていた。
アンドレイの道は、山脈を越える唯一の細い峠へと続いていた。南と北を隔てるこの地形は、まさに天然の要塞だった。岩壁は垂直に近い角度でそびえ立ち、氷の峰から吹き下ろす風は絶え間なく唸り声を上げていた。
登るにつれ、空気は薄く冷たくなり、時折、上空から不気味な叫び声が響いた。
「…ワイバーンか」
アンドレイはそう呟き、剣の柄に手をかけた。
最初は岩の間を滑る影にすぎなかった。しかしやがて、彼の前にその姿が現れ始める。
中型のワイバーン。皮膜の翼を持ち、鋭い爪と長い尾を備えた捕食者。その黄色い眼は、侵入者を即座に敵と見なす冷たい光を宿していた。
アンドレイは〈リリス〉の姿で、空を滑るように迫る群れを静かに観察した。
彼はすぐに近接戦を選ばなかった。両手を掲げると、霧のように形作られた“霊槍”が次々と生み出され、空へと放たれる。それらは鋭い風切り音を残しながら、正確に標的を貫いた。
一体、また一体とワイバーンが墜落していく。だが群れの数は想定以上だった。
やがて彼らは編隊を組み、突破を試み始める。
アンドレイは戦術を変えず、遠距離攻撃を継続した。霊槍は正確に敵を仕留めていくが、数の暴力はそれを上回り、ついに数体が突破して彼へと迫った。
その瞬間、アンドレイは〈霊体化〉を発動する。
彼の身体は実体を失い、爪も牙も、魔法すらも彼を傷つけることはできなくなった。
ワイバーンたちは戦術を変えた。物理攻撃ではなく、風刃、氷弾、雷撃といった魔法を次々と放ち始める。
アンドレイはファミリアに乗ったまま空を駆け、完璧な軌道でそれらを回避した。
そして五体の強敵が距離を詰めた瞬間、彼は一気に接近戦へ移行する。
剣が閃く。
無駄のない軌道、長年の経験に裏打ちされた一撃が、次々と敵を切り裂いた。
やがてワイバーンの群れは崩壊し、残された個体は恐慌状態で四方へ散っていく。
峠には、再び静寂が戻っていた。




