第17章
第17章
広大な戦場には、もはや一つの死体も残っていなかった。
使い魔たちは死ぬのではなく、霧のように消え去り、本来の形へと戻っていく。だが影の兵士たちも同様に、跡形もなく消えていた。どこへ消えたのかは分からない。
そのとき、ドラゴンの異変に気づいた。
巨大な身体が光に溶けるように崩れ、次の瞬間、そこには一人の少女が立っていた。
「……待て。人間の姿になれるのか?」
アンドレイは驚いた声を漏らす。
「もちろんよ」
少女は落ち着いた声で答えた。
「高位のドラゴンなら誰でもできるわ」
アンドレイは一瞬言葉を失ったが、すぐに状況を整理した。
「分かった……行こう。この巨大な暗黒の裂け目を調査する」
彼らは裂け目へと近づいた。そしてそこで、奇妙な事実に気づく。
それは一般的な“裂け目”ではなかった。
地面に亀裂が走っているわけではない。
そこにあったのは、北から南へ約1000キロメートルにわたって続く、巨大な暗い地帯だった。
その中心には、まるで世界を分断する壁のように、濃い影が立ち上がっている。
二人はその前に立った。
「魔力を感じない……」アンドレイは眉をひそめた。「危険もだ」
彼は手を伸ばし、その影に触れた。
何も起こらなかった。
爆発も、抵抗も、反応すらない。
一秒の躊躇の後、彼はそのまま一歩踏み込む。
そして――
反対側に出ていた。
影はそこに“存在しているように見えるだけ”で、何の干渉もしてこなかった。
アンドレイは再び確認するため、いくつかの魔法を試した。
解析、破壊、魔力放出。
だがどれも影に触れない。通り抜けるだけで、反応は一切ない。
魔力を強めても結果は同じだった。
「……妙だな」
小さく呟く。
少女も観察していたが、彼女も何も感じ取れなかった。
影はまるで“魔法に対して存在していない”かのようだった。
そこでアンドレイはエヴェリナ――召喚士の姿へと切り替える。
魔力視を発動すると、世界が変わる。
空間の流れが見え、力の軌道が浮かび上がる。
そして影を見た瞬間、彼は動きを止めた。
そこに“闇”はなかった。
代わりに見えたのは、空へと一直線に伸びる強烈な青い光の柱だった。
その先は視界の彼方へと消えている。
「……なるほどな」
アンドレイは静かに呟いた。
彼は境界を慎重に回りながら構造を調べる。
そこにあったのは“影”ではなく、明確な魔力構造だった。
これは自然現象ではない。
「ポータルだ」
だが普通のものではない。
魔力の流れは一方向のみで、逆流はない。構造は歪み、エネルギーは不安定。
まるで長い年月の間に壊れた装置のようだった。
「一方通行……しかも壊れている」
影は再びただの“見た目”に戻る。
しかし今のアンドレイにははっきりと分かっていた。
これはただの異常ではない。
この世界そのものに関わる、もっと重大な何かだと。




