第25章 切り札を切る
第25章 切り札を切る25 カードを切る
リザとドレイクは砦を後にし、それぞれの長い旅へと向かった。アンドレイは一人残り、その思考は新たな計画で満たされていた。
彼は影の裂け目を訪れることを決め、飛行する使い魔に乗ると、谷や森の上を軽やかに滑空した。川や岩だらけの崖を越えながら、空を飛ぶ自由と、大陸を見下ろす景色を楽しんでいた。
道中は穏やかだったが、アンドレイは周囲を注意深く観察していた。眼下では野生の動物の群れが駆け抜け、山々には孤高の峰が見え、地平線には淡い雲が漂っていた。
目的地に到着すると、彼は影と戦う一人の姿を見つけた。それはアリサだった。
彼女は武器を巧みに操り、攻撃を受け流していたが、その一撃一撃と動きには、張り詰めた緊張と、より高みを目指す意志が表れていた。
アンドレイは近づいた。アリサは彼に気づき、わずかに身構えたが、彼が穏やかに挨拶すると落ち着きを取り戻した。
「やあ」
彼は微笑みながら言った。
アリサは落ち着いた声で、しかし強い決意を込めて答えた。ここに来たのは、鍛錬のため、自分を強くするためだと。
「自分の技を磨きたいの」
彼女は周囲の影に目を向けた。
「影は、そのための最適な相手よ」
アンドレイは彼女の意図を理解し、ためらうことなく加わった。二人は影と共に戦い、連携して動いた。
影は素早く襲いかかってきたが、二人の動きは息が合っていた。アンドレイがアリサを守り、彼女は的確に攻撃を繰り出した。
最後の影が消え去ると、アンドレイは額の汗を拭った。
「どうして、こんな危険な場所に来たんだ?」
穏やかな口調だったが、そこには確かな気遣いがあった。
荒い呼吸を整えながら、アリサは彼を見つめた。
「あなたのせいよ。あなたは、私が弱いってことを見せつけた……だから、もっと強くならなきゃいけないの」
アンドレイはわずかに眉をひそめ、顎に手をやった。
「そこまで無茶をする必要はない」
二人はやがて、戦い方や戦術、鍛錬について語り合った。言葉の中には、敬意と興味、そしてわずかな競争心が混じっていた。
互いを理解しようとする中で、アリサは自分の強さと弱さを見つめ直し、アンドレイは彼女の成長を見極めていた。
やがて、アリサが沈黙を破った。
「ねえ……あなたの恋人って……あの人も魔族なの?」
アンドレイは一瞬動きを止めた。記憶が波のように押し寄せる。彼の表情は真剣なものへと変わり、視線は遠くへ向けられた。
「恋人じゃない……妻だった」
静かに言った。
「彼女は人間だった」
アリサは目を見開いた。
「どうして魔族が人間と……?」
声は震えていた。
「彼女を苦しめたの?苦しむ姿を楽しんでたの?」
アンドレイは首を振り、重く息を吐いた。
「違う」
静かに、悲しみを帯びた声で答えた。
「彼女は、俺の人生の一部だった。俺は一度も彼女を傷つけたことはない。起きたことは……俺の手の及ばないことだった」
そして彼は静かに言った。
「俺は魔族なんかじゃない……今、それを証明する」
彼は目を閉じ、姿を変え始めた。一つ、また一つと姿が変わる。
一つ目、二つ目、三つ目、四つ目……そして五つ目――魔法使いのクリスタ。
アリサは息を呑んだ。
「それも……あなたなの……!?」
――回想が始まる。
クリスタの姿のアンドレイは、濃い森の上を騎乗生物で飛んでいた。木々の合間から差し込む陽光が地面に黄金の光を落とし、風が彼女の髪を揺らしていた。
しばらくして、彼は不思議な泉へとたどり着いた。水は柔らかな青い光を放っていた――傷を癒し、力を与える癒しの泉。
その場にはすでに一人のエルフがいた。突然の来訪に驚き、彼女は体を隠そうとしたが、やがて岸辺に立つ少女に目を向けた。
「あなた……誰?」
まだ戸惑いながらも、わずかな好奇心を含んだ声だった。
「私はクリスタ」
穏やかに答える。
「あなたは、ここで何を?」
「私は……」
彼女は言いかけた。
「最近の戦いで受けた傷を癒しに来たの。この泉は特別だって聞いたから」
クリスタはうなずいた。
「なるほど。本当に力のある泉ね。でも、ここに一人で来るなんて……勇気があるわ」
アンドレイは泉を詳しく調べ始めた。十分ほどして、彼は気づいた――この泉は、自分の過去の過ちによって生まれたものだと。
かつて彼は、自分のキャラクターを癒すために最高位の魔法を使った。しかし対象が存在しなかったため、その力は地中へと流れ込み、この泉を生み出したのだった。
この水はただ癒すだけではない。能力を強化し、力を与え、同時に治癒する。
それを理解した彼は、さらに強力な魔法を重ねた。魔力の奔流が泉を貫き、水はさらに強く輝いた。
その様子を、アリサは目を離さず見つめていた。胸の奥で、憧れが静かに膨らんでいった。
――回想が終わる。
森の静けさと、泉の淡い輝きが記憶に残る中、アンドレイは心の中で微かに笑った。
「やっぱり……あの時、そこにいたのは君だったんだな」
すぐに彼は再び姿を変えた。六つ目の姿。
アリサは呆然とした。
「どうして……?あなた、魔族じゃないって言ったのに……」
アンドレイは落ち着いて答えた。
「魔族は五つまでしか姿を持てないし、変え方も違う。俺は……違う」
アリサの目が大きく見開かれた。困惑と、わずかな恐怖。
彼女は初めて理解した。目の前にいるのは、ただの幻術師でも強大な魔法使いでもない――常識の枠を超えた存在だと。
アンドレイはさらに姿を変え、エルフのシルヴァナとなった。長い銀髪が風に揺れ、視線には変わらぬ落ち着きがあった。
「久しぶりだね。エルフの村で会って以来かな」
柔らかく微笑んだ。
アリサは声を失った。
「それも……あなただったの……?」
アンドレイは静かにうなずいた。
彼女の常識は、次々と崩れていった。
やがて彼は暗殺者カイルの姿となる。黒い外套が揺れ、鋭い視線と無駄のない動きが際立っていた。
アリサは口元に手を当てた。
「あなたが……私を魔族から救った……」
震える声で言った。
さらに彼はミラナの姿となり、その周囲に獣たちが現れた。
狼、鷹、虎、砂狐、黒貂、風走り。
そして最後に、アレクサンドルの姿へと戻ると、静かに言った。
「もう隠す必要はないな。……俺の名前はアンドレイだ」
軽く微笑みながら、アリサを見る。
「君のことは、もう知ってる」
アリサは立ち尽くしていた。すべての姿、その力、その魔法――そのすべてが、一人の人間だったと理解しながら。
二人は並んで座った。
「ほら……俺は魔族じゃない」
アンドレイは静かに言った。
彼はそっと彼女の手を取った。アリサは抵抗せず、指を絡めた。
時間が止まったかのようだった。
アンドレイの温もりと安心感が伝わる中で、アリサの中の恐れはゆっくりと溶けていき、やがて信頼へ、そしてそれ以上の何か――優しさへと変わっていった。
アリサはふと尋ねた。
「ねえ……どうしてあなたの姿って……どれもそんなに綺麗なの?」
アンドレイはわずかに戸惑い、視線を逸らした。
(自分で作ったキャラクターだからな……正直、綺麗なキャラで遊ぶのが好きなだけだ)
だが、それを口にはしなかった。
「さあ……なんとなく、かな」
静かに答えた。
アリサは少し首をかしげたが、それ以上は追及しなかった。




