第20章 アストリッド
第20章 アストリッド
大陸全土に、その出来事の噂が広がっていた。
消滅した平原に突如として現れた巨大な湖――それはセレスティナの力の象徴となった。王国は震え上がり、もはや誰一人として悪魔の領土へ攻め込もうとは考えなくなった。
恐怖は、彼女の帝国の新たな国境となった。
すでに彼女の領域にいた者たちの間では混乱が広がっていた。
噂を聞いた一部の人間は恐怖に駆られて逃げ出し、すべてを捨てて離れていった。しかし全員ではない。
約半数は残った。
欲望は恐怖を上回ったのだ。
ドワーフは鉱石を掘り続け、商人は取引を続け、冒険者は希少資源を求め続けた。富の流れは止まらなかった。
セレスティナにとって、それは問題ではなかった。
秩序は保たれている。規則は守られている。ならばすべては計画通りだった。
しかしある日――彼女の領地に“異なる存在”が現れた。
セレスティナは悪魔たちを中央広場に集めるよう命じた。
そして見知らぬ女が現れた瞬間、全員の視線が彼女に集中した。
高い背丈、青白い肌、冷たい瞳――そして何者にも揺るがない静かな気配。
セレスティナは一歩前に出る。
— お前は誰だ……そして何の目的で来た?
女はわずかに頭を下げた。
— 私の名はアストリッド。あなたに忠誠を誓い、仕えるために来ました。
広場にざわめきが走る。悪魔たちの間に動揺が広がった。
セレスティナはしばらく彼女を観察した後、口を開いた。
— 悪くない。気に入った。受け入れよう。
広場に沈黙が落ちる。
だが次の瞬間、セレスティナは命じた。
— 私の戦士たちと戦え。
ざわめきが一気に広がる。
前へ出たのは20体の悪魔――選び抜かれた精鋭たちだった。彼らの体からは濃密な魔力が溢れ、目には戦意が宿っていた。
アストリッドは表情を変えない。
— 全員同時ですか?— 静かに確認する。
— 全員だ。— セレスティナが答えた。
一瞬の静寂。
そして戦いが始まった。
最初の悪魔が突進した瞬間――彼は止まった。
アストリッドが消えた。
影。
次の瞬間、彼の背後に現れ、短い一撃で地面に崩れ落とす。
二体目、三体目、四体目――四方から攻撃が殺到する。
しかしアストリッドは、それらを遥かに超える速度で動いていた。
戦っているのではない。狩っているのだ。
一つ一つの動きが正確だった。攻撃は確実に無力化され、次の瞬間には別の標的へ移っている。
魔法を放とうとする悪魔もいたが、詠唱すら間に合わない。
数分後――
すべてが終わった。
20体の悪魔は地に倒れていた。意識を失い、戦意を砕かれたまま。
アストリッドはただ中央に立っていた。まるで呼吸すら乱していない。
沈黙。
悪魔たちは恐怖と同時に、ある種の敬意を抱いていた。
セレスティナはゆっくりと笑った。
— 完璧だ。お前は優秀だ。
アストリッドは淡々と頭を下げる。
それ以上の感情はない。
しかし、誰もが理解した。
彼女は単なる新しい配下ではない、と。
その後、アストリッドは悪魔たちと接触を始めた。
急がず、観察し、聞き、そして必要なことだけを話す。
誰が恐れているか。誰が憎んでいるか。誰が従っているだけか。
彼女は忠誠心ではなく、“隙”を見ていた。
そしてある程度の時間が経った後、彼女は選ばれた者たちを密かに集めた。
薄暗い小部屋。重い沈黙。
アストリッドは静かに立つ。
— 皆さん……提案があります。
— 反乱を起こしましょう。
部屋が凍りついた。
— セレスティナを殺します。そしてあなたたちは協力する。
その声は静かすぎた。だからこそ恐ろしかった。
一部の悪魔の目に、かすかな光が戻る。
希望。
— 本当に……彼女を倒せるのか?
アストリッドは小さく笑った。
— すでに、私の力は見せました。
沈黙の中、誰も完全には拒否できなかった。
そして一団は動き出す。
セレスティナの私室へ。
扉が開かれる。
— 不満分子を集めてきました!
アストリッドが一歩踏み出す。
静寂。
セレスティナは影から現れた。驚きも動揺もない。
後ろの悪魔たちは緊張する。だがもう遅い。
アストリッドが手を上げる。
一閃。
二閃。
三閃。
目にも止まらぬ速度。
悪魔たちは次々と崩れ落ちる。
叫びは生まれる前に消えた。
数秒後――すべてが終わっていた。
血が石床を染める。
アストリッドは剣を下ろす。
— 裏切り者は死ぬべきです。
セレスティナは彼女を見て、わずかに微笑んだ。
— 支配者様……完璧な計画です。
アストリッドの声には迷いがなかった。
それは賞賛だった。
彼女は振り返る。
— これで私は自由に外へ出られる。
— 北へ行きます。ここは任せます。
セレスティナは静かに答える。
— 仰せのままに。
次の瞬間、アストリッドの背に黒い翼が広がる。
彼女は空へと舞い上がり、すぐに姿を消した。
しかし――遠く離れた場所で。
彼女は止まった。
変化した。
そして空を飛んでいたのは、すでに別の存在。
セレスティナ。
彼女は止まらず北へ向かう。
力に満ちたダンジョンへ。




