(9)満腹亭のポフル
突然の販売停止宣言に納得できないポフル。
アドビを排除してこれからが更なる儲け時だったのだが、まさしく出鼻を挫かれたのだ。
「ふざけるな!一枚無償で渡すだけで謝罪になるか!!定期的に販売し、騒動の詫びを兼ねて値下げするのが商人だろうが!あまりにもふざけているとヘルナンド公爵領での活動が出来なくなるぞ!」
ポフルは最大限の脅しをしているつもりであり、事実普通の行商人であれば四大公爵家の領地内での活動停止となれば、販売のみならず購入も制限されてしまうので非常に大きな損失になる。
ここまで言えば慌てて謝罪して言い分を聞き入れるだろうと、尊大な態度を崩さない。
「そうですか。ポフル様の満腹亭は無償提供も辞退なさる……と。理解いたしました。他の方は何かございますか?」
「な?ななな?貴様、何を言われたかわかっているのか?活動停止だぞ?その薄っぺらい頭で良く考えろ!」
「そうですね、良く理解しております。ですから、その活動停止を宣言されたポフル様に対しては活動停止の証拠として無償提供も行えないと言う事です。さっ、他の方はどうなのでしょうか?」
周囲の店主の動きはない。
ポフルがヘルナンド公爵と少々懇意にしている事は良く知られており、領主の逆鱗に触れる事を避けざるを得ないので何も言えずにいる。
「わかりました。では今を持ちまして私の活動は終了になります。ありがとうございました。では参りましょうか、トリシア様、皆様」
ここで漸く自分達の後方にアドビ一行がいる事に気が付いたポフル達だが、彼らにとってそんな事はどうでも良かった。
「待て!たかが行商人の分際で無償提供すら覆すのか?今迄散々目をかけてきてやったにもかかわらず、その態度。強がっていても公爵領で活動停止となれば生活が困窮する事は明らかだろうが!今ならまだ許してやるぞ?」
このままではヘルナンド公爵に献上する分すら手に入らないと焦るポフルは、尊大な態度を見せつつも譲歩しているかのように交渉する。
この交渉が失敗すると、自らが虎の子として保管しているピュアリーフを献上する事になってしまい、何としてもそれだけは避けたかったのだ。
行商人が非道徳的な態度で販売を停止したと報告する事によってこれ以降の献上は免除される可能性はあるのだが、今回に限って言えば、既に他の店主への圧力と言う報酬を先行して受け取ってしまっているので、どうやってもピュアリーフを納める必要が出ているのだ。
この報酬を支払わなければ、それこそポフルの店など一日経たずに物理的にも経済的にも潰されるだろう。
アドビの店にそこまでしなかったのは、正直ヘルナンド公爵がそこまでアドビに対して興味が無かっただけだ。
未だ一人騒いでいるポフルの近くにいて不安そうにしながらも厳しい視線を行商人に向けている店主達をよそに、まるで何の障害にもならないとばかりに行商人は荷台を収納袋にしまうと、トリシアの方に向かって歩き出す。
「貴様!行商人風情が!待てと言っているだろうが!」
無防備に背中を向けている行商人の肩を掴んで引き戻そうとするポフルを見て、シズルは助けようと即座に反応するのだが、トリシアとシバがそれ以上の速さで反応してシズルを止める。
ポフルは大きく勘違いをしている。
一般的な行商人は荷馬車を馬なり魔獣なりに引かせて町や村を移動して商売をする。
実際に余程の人物でない限りはポフルの想像通りに裕福な者は存在しないので、荷台を丸々収納できる収納袋を持っている事自体があり得ない。
収納袋に大量の商材を詰め込めるのであれば行商人としてこれ以上の武器はないのだが、非常に個数が少なく高額であるので、ほぼ全ての者が手にできていない。
そこの所に思い至らなかったポフルは、行商人の肩を掴んで引き戻そうとする手が何かによって掴まれて動けなくなっている。
「アレは……蔦ですか?」
「そうです。間違いなく意図的にエリアスが力を与えた存在なのだと思います。静流様」
実際に目の前まで来た行商人の種族は人族になっているのだが、特殊魔法に分類される植物操作と言う力を持っている事を把握しているトリシア。
「ご指摘の通りです、トリシア様。私は植神エリアス様の加護を受けし者の一人であるセンライと申します。お見知りおきください。普段のエリアス様は我らに与える影響を考慮してか遥か高みで過ごしておられますが、数年に一度は我らの元に来てくださいますので、そのタイミングで移住された皆様をご紹介できればと考えております」
センライと名乗った男の話を聞いたトリシア以外の面々は感動しており、特に移住組はまさか今から向かう先が神の庇護下にある場所だとは思いもよらなかったので、驚きの気持ちも混ざっている。
同時にポフル達も最近の神国アクアの水神アクア顕現の情報を得ているので、神と言われて疑う事は出来なかった。
そもそも見た事も聞いた事もない様な植物を操る魔法で動きを封じられている上、植神と言われては信じるほかない状況だ。
トリシアだけは、センライの言葉の中にある“人々に与える影響に考慮して単独で過ごしている”と言う所について、常に眠たがりで動きたくないだけで、人が到達できないあれほど高い木の上で引きこもっているのだと知っているので、笑いを堪えるのが大変だった。




