(8)行商人
トリシアの提案は非常に嬉しいのだが、アドビにとっては現実離れし過ぎているので完全に信じる事は出来ていない。
現実を知ってもらう一つの手段として、ここ数日のうちに来るはずである行商人が持ち込むピュアリーフの現物を見てもらい、その希少性を確認してもらうつもりでいた。
「あ、その行商人の方でしたら今日参りますよ?その方が移住予定先の住民の方ですので。移住先を庇護している者に私が話をつけておきました!」
「はっ?」
今度こそ何を言っているのかわからなくなったアドビ。
昨日の夜会ったばかりなのに、どうやっても消息不明になると言われている行商人の居住地を探し出したのか。
更にどのように彼等を庇護している存在と話をつけたのか。
考えれば考える程、頭がゴチャゴチャになる。
「アドビさん。トリシアさんの言っている事は本当ですよ。その証拠は……まず今日行商人の方が来る事が証明の一つ、二つ目が、その行商人の方が皆さんを連れ出して下さる事が一つです」
「そ、その場所には、俺の料理を食べてくれる人はいるのか?」
「今生活されているのは十人程度、そして皆さんが加わる形になると思いますが、他の手段は私ではわかりません。一応アレ……失礼しました。庇護している人物は頼りになる……はずですので、それ以上を求めたとしてもきっと叶えてくれると思います」
言葉の節々に不安要素がなくもないが、やはりアドビ側には今の環境よりも良くなる事しかないので、最後に一つだけ確認する。
「本当にありがたい話だ。だが、ピュアリーフは俺の想像を軽く超える程に貴重な素材だから領主を始めとした連中から狙われる可能性があるし、その場所が外敵に対して安全かどうかわからない。今回は幼い子供もいるから、そこの所はどうだ?」
「もちろん安全ですよ。フフ、素敵ですねアドビさん。子供達の安全を気にして頂いてありがとうございます」
「よしてくれ。あんた達の方がよっぽど尊敬される事をしているだろう?」
子供達は記憶に残る限りで朝から温かい食事をした事がないので、トリシア達の話はもう既に完全に聞いていない。
その後は食事をしながらアドビの料理についての知識や、シズル、トリシア、シバが今迄見た町や村の事を話しながら過ごしていた。
……ガヤガヤガヤ……
食器を片付けて店で寛いでいると、表が騒がしくなってきた。
「凄いな、奥さん。大当たりだ。どうやら行商人が来たようだ」
アドビが少しだけ驚きの表情を見せた時、店の扉が豪快に開く。
……バン……
「おい、アドビ!もうお前の店が潰れる事は間違いないだろう。今更ピュアリーフの調理法なんざ研究しても無駄だ。誰も店に来ない以上、貴重な素材を無駄にするだけだ!行商人にも俺からそう説明しておいてやる」
言いたい事を言って去って行ったのは、満腹亭の店主であるポフル。
「すまない、見苦しいものを見せた。最近特に酷くなってきたな……」
八つ当たり気味に近くの椅子を蹴り倒してから出て行ったので、立ち上がって椅子を直すアドビ。
「アドビさん、荷物の準備は大丈夫ですか?皆も大丈夫ですか?」
アドビの表情が少し落ち込んでいるのを見たトリシアは、努めて明るくこう告げる。
アドビには収納袋を貸し出したので、結構な調理器具や思い出のありそうな道具を収納済みで、五人については残念ながら元から何も荷物を持っていなかった。
「大丈夫だ、奥さん。ありがとう。お前等も行くぞ!俺の、俺達の新しい門出だ!」
両頬を手ではたいて気合を入れたアドビは店の入り口に向かうと振り返り、その目に店の中を焼き付けるように優しくも悲しさを含んだ目で少しの間見つめると、再び振り返って店を出て行く。
八人とシバは人だかりのする方向に進むと、予想通り行商人の周囲にさっき見たポフルや他の店の店主らしき人が群がっている。
「おい、どうした。いつもの通り早く販売しろ!それと、アドビの店はもう潰れるからその分のピュアリーフは俺が買い取ってやる!」
最も騒がしいのは予想通りにポフルだが、どうやら今までと異なってなかなか行商人が販売を開始していないようだ。
その行商人はトリシアを遠目で確認すると、どう見ても明らかに頭を下げる。
その行動を不思議そうに見ている行商人の近くにいる店主達だが、行商人は、機は熟したとばかりに漸く口を開いた。
「皆様、長きにわたりピュアリーフご購入ありがとうございました。実は本日を持ちまして私からの販売は終了となりますので、よろしくお願いいたします。それと今日の販売ですが、通常通りの販売は致しかねますので、お詫びを兼ねて皆様に一枚だけ無償で差し上げます」
無償と聞いて喜ぶ者もいれば、今の話ではどう見ても今迄の枚数を入手できずに一枚だけしか手に入らないと焦る者もいる。
ヘルナンド公爵にピュアリーフを献上する事を約束しているポフルは焦る人物筆頭だ。




