(4)アドビの店と(第三者視点)
「ホラホラ、ここで靴を脱いで、あっちに水場があるから洗えるところは洗ってこいよ?イチ、とりあえずお前が皆の面倒見てやれ。俺は店にいるからな。洗い終わったらあっちの部屋で適当に寝てくれ」
こうして五人の孤児を一晩面倒見る事になった店主のアドビ。
本当は毎日でもこうしてやりたいのだが、実際問題領主の機嫌を損ねた関係者である五人を手助けしている彼も周囲の住民から煙たがられており、店は閑古鳥が鳴いているので先立つものが全くなく、間違いなく共倒れになるので中途半端な世話をしてあげる事が出来ずにいた。
アドビは店に戻って片付けをしながらも、大量のお金を強引に渡してきた不思議な少年であるシズルの事を思い出している。
不思議な事と言えば、どう見ても美しすぎる女神と言っても過言ではない女性を妻と言った時に否定しなかった事、そして何と言えない愛らしい犬に見える不思議な力を感じる存在を引き連れていた事、更には領主の話をした時に怒りを露わにしてくれた事だ。
普通の人であれば領主の逆鱗に触れる事は絶対に避けるべきで、その巻き添えになりそうな五人の子供の事を完全に見放しても仕方がないと言う気持ちで全ての事情を包み隠さず話したのだが、その結果は逆に相当怒っているようで、その上に助けるべく動こうとしているようにも見えたのだ。
「不思議な兄ちゃんだな」
思わず漏れた一言は、乱暴に開けられた扉の音にかき消される。
……バン……
その音に反応して視線を向けたアドビは、露骨に嫌そうな顔をした。
「おいおい、客にそんな表情をするなよ。って、なんだ?随分と大量に売れたみたいだな。お前のゴミのような飯が売れるなんざ、いったい何が起きたんだ?」
自分の事を客とは言っているが、表通りに面した食事処である満腹亭の店主とその取り巻きが嫌がらせで来ているだけだ。
「お前等には関係ない話だ。用がないなら帰れ」
実際の所このアドビの料理の腕は相当で、五人を庇い始めてから客足が露骨に途切れた上に嫌がらせを受けている中でも試行錯誤して得た類い稀なる料理の技術を持っている。
逆にこの場に冷やかしで来ている表通りの満腹亭の店主は、その位置に胡坐をかいて下の者達に指示を出すだけで料理人としては下の下。
実際に調理をする者達も適当で味はお世辞にも良いとは言えないのだが、裏通りには危険が伴うのは世間の常識であるために、誰もアドビの店にまでは辿り着けないのだ。
時折宿に宿泊している客がイチに連れられて店に向かうのだが、その多くが途中にある表通りの満腹亭の前にいる従業員に強引に引きずり込まれてしまう。
「店主、こいつの店が完全に潰れるのも、もう直ぐなんじゃないですか?何と言っても四大公爵家のヘルナンド様に盾突くような行動をしているのですから、客が来なくなるのは当然。目障りですから早く消えてもらいたいですね」
「そうだな。こんな出来損ないが料理人を名乗っている事が許せないからな。見た所……六、七人くらい客が来たのか。おい、お前は今日店の前に立っていたな。誰が来たか見たのか?」
「いいえ、今日はイチとか言うやつは通りませんでした」
実はイチ、あの宿で声をかけた客を逃がさないように最短距離でアドビの店に案内していた時にはかなりの確率で客を奪われていたのだが、今回のように自発的に向かってくれる場合には敢えて少々遠回りをして、表通りの店である満腹亭を避けるように向かっていたので、安全にアドビの店に到着する事が出来ていた。
幼いながらも色々と必死で考えて行動しているのだ。
「不思議だな。まぁたった一回、七人の客が来たところで焼け石に水だろうな。もうじき納税の時期。そこがお前の終わりの時だな」
当然町の住民には納税の義務があり、未納の者は強制的に財産を没収される。
勝手気ままな理由で五人の孤児を生み出した領主であるヘルナンド公爵も、その五人に対して時折食事を与えているアドビを良く思うわけもなく、必要以上の税を他の町民よりも早い時期に納めるように伝えていた。
アドビの場合には貯蓄がないので、この店を没収される事になる。
アドビ自身もそうなる事は避けられないと理解できているので、内容がどれほどふざけた言い分であったとしても特段何も言い返す事はできなかった。
「店主、あまりこんな店にいると不快な匂いが付くので、もう行きましょう」
こうして本当に嫌がらせだけをしに来た一行は、勝手気ままに騒ぐと去って行った。
「これでも必死で作った店なんだがな……」
食器を片付けているアドビは涙によって視界が曇っている事に気が付くと、気持ちを落ち着けるために大きく深呼吸して黙々と片付けを始めていた。
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「店主、あの表情見ましたか?」
「ヘルナンド様に弓を引くような真似をする男の末路、予想通りだ。あいつの店が無くなればこの周辺での店は俺の店だけ。もう少し値上げをしても客は途絶える事は無いだろう。フフ、早く潰れてしまえ!」
満腹亭の店主であるポフルはヘルナンドに対して自発的に納税額を上乗せして納めており、一料理人の立場でありながら領主と会話をする事ができる稀有な存在だ。
ポフル自信が五人の子供の両親の件に何かをした事は無いのだが、結果的に自分の益に繋がる可能性が高いので笑みを浮かべている。
「これで、貴重なピュアリーフも独占できるな……フフフ、間もなくだ」




