(19)領主とヨシエ
今まで少し広がっていた人だかりがとある一か所に集まるように動いているのを見たヨシエは、思った通りの事を口に出す。
「何あの人だかり!ちょ~うける。光に集まる虫じゃん!」
周囲で泣きそうな顔をしながら食事をしている人達の事等、ヨシエにとってみれば周辺の椅子や机と変わらないので、どのような表現を使っても構わないと思っている。
同じような意識を持っているヘルナンド公爵も咎めるようなそぶりは一切見せずに、近くの騎士を呼び寄せる。
「おい、アドビだったかが販売している食事を二つ献上させろ。納税の一部としてやると伝えてこい!」
「はっ!」
言われた騎士は、これで臭い店内から出られると喜び勇んで人だかりのある方面に向かっていく。
「ちょっと、あたしはここじゃなくて外で食べるから。こんな臭いんじゃ全部不味く感じるじゃん?」
ヨシエは徐に立ち上がって店から出ると、公爵も立ち上がって再び騎士にこう命じた。
「この机と椅子二つを外に出せ。そこで食事をとる」
やはり店の外に出ると匂いはしないので、言われた通りに入り口から少し外れた所に机と椅子を出す騎士。
いつの間にかヨシエがちゃっかり座っているのだが、その視線は食事を取りに行った騎士の方に向けられている。
もういくつかのお弁当は販売されて口にしている者がいるので、所々で美味しさに驚く声、見た目の美しさに感心する声が聞こえてくる。
特にうるさいのが、漸く食事をする事が出来たベルヘルトと言う男だ。
「美味い!くぅ~、この一瞬の為に朝と昼を抜いた、いや、抜かざるを得なかったのだが、その苦しみもこの美味さを得るためであれば耐えられる。ふ、フハハハハ!」
どうやらあまりの空腹による苦痛から極上の食事と言う幸福に一気に移行した振れ幅が大きかったため、少々おかしくなっている。
この場にいる殆どの人達はベルヘルトが朝と昼を食べていない事を知っているし、この食事を紹介してくれたのがベルヘルトなので、“良かったね”と言う気持ちで彼を見つめていた。
そこに、ベルヘルトの声よりもさらに大きな声が響く。
「何度も言わせるな。貴様の事は良く知っているぞ!裏通りの小汚い店の店主であるアドビ!税の一部だと言っているだろうが!」
ヘルナンド公爵の命令で食事を献上するようにと伝えに行った騎士の声だ。
彼は並んでいる人々を押しのけて強引に前に進むと、三種類あるお弁当を見てこう言っていたのだ。
「おい、アドビと言ったな。ヘルナンド様の領地に住みながら、税を納めずに店から逃亡した身分のくせにこの場で何をしている?本来は投獄ものだぞ?だがヘルナンド様は非常に寛大だ。税の一部として食事を二食分献上する事で今は見逃してくださるとの仰せだ。どの食事が良いのかわからないから、お前が選べ」
もちろん流れの商人の位置付けになっているアドビに納税の義務はないし、今までの分の納税は終えているので、その申し出を丁寧に断っていた。
その横で、割り込みをしてきた騎士に不機嫌そうな視線を向けつつもお弁当を購入していく人々。
騎士としては最低でも二食献上させる事が譲れない一線であるため、何度か同じようなやり取りをしてついに切れてしまったのだ。
一瞬で静寂が訪れる中で誰もが食事の手を止めて、アドビと、少しオロオロしている初めて見る女性、そしてがなり立てている騎士を見ている。
今日の夜の販売からシズルとトリシアはアドビに同行せず、代わりにレーニャが共に来て販売していたのだ。
この時点で残りのお弁当は三つであり、並んでいる人は二人。
仮にこの場でお弁当を購入している人がヘルナンド公爵領の民であった場合には、公爵に恐れをなして自らのお弁当を献上していた可能性すらあるのだが、今いる人々は旅人であり公爵とは一切かかわりがないので、誰一人として配慮する事は無かった。
「無償で行商人から物を引っ張ろうなんて、なんて恥知らずの騎士なんだろうね?」
「確かに!私達でも手軽に買える値段なんだから、領主様なら素直にお金を払えば良いのにね?貧乏なのかな?」
静寂を破ったのは、最後に並んでいた二人の女性。
そのまま二つのお弁当を購入して残りは一つとなってしまう。
「貴様がグズグズしている内に……一食しか残っていないぞ!どう責任を取るんだ?」
「あぁ、残りはたった一つだけか。それでは責任を取って残りの一つは私が購入しよう。はい、頼んだよ!」
騎士とアドビの間に割って入り、最後のお弁当を取って料金を笑顔でアドビに渡すベルヘルト。
「あ、ありがとうございます、ベルヘルトさん。今日はこれで完売です!」
お弁当購入の為に群がっていた頃は判断できなかったが、人が少なくなり、更には騎士が大声を出していたので状況を把握できたヘルナンド公爵とヨシエ。
平民が手にした物を取り上げるのも気に障るらしく、不機嫌そうに騎士と共に無言でこの場を去って行った。
良いお年をお迎えください




