第五章「亡霊の少女」
ガルドが戻らなかった。
アスクレピオスの格納庫は静まり返っていた。
整備兵たちは黙って作業を続けている。
誰もその名前を口にしない。
だが、ユウリにはわかっていた。
ガルド・レイマンは、自分を逃がすために戦場へ残った。
「……僕のせいだ」
格納庫の片隅で呟く。
「違う」
ミナが即座に否定した。
「でも」
「違う」
彼女は強い口調で繰り返した。
「戦争を始めたのはユウリじゃない」
ユウリは返事ができなかった。
その夜。
ユウリはガンダム・オルフェウスのコックピットへ一人で入った。
修理中の機体は静かだった。
薄暗いモニターの光だけが揺れている。
「お前は何なんだよ……」
誰に向けた言葉なのかわからない。
機体か。
自分自身か。
すると突然、コックピットのモニターが青く発光した。
警告音は鳴らない。
代わりに少女の姿が映った。
銀色の髪。
青い瞳。
ユウリが戦闘中に見た少女だった。
「!?」
ユウリは立ち上がる。
「誰だ!」
少女は少し困ったように微笑んだ。
『こんばんは』
「こんばんはじゃない!」
『それもそうね』
「お前、人間なのか?」
少女は首を横に振った。
『たぶん、違う』
「たぶん?」
『私にもよくわからないから』
少女は悲しそうに笑う。
『私の名前はリセ・アークライト』
その名前を聞いた瞬間、コックピットの奥で何かが反応した。
『オルフェウスの最初のパイロット』
ユウリは息を呑む。
「最初の……」
『私は死んだの』
あまりにもあっさりと言った。
『三年前に』
静寂。
ユウリは何も言えなかった。
死んだ人間が目の前にいる。
ありえない。
でも戦場で見た。
今も見ている。
『正確には記憶の残滓かな』
「幽霊じゃないのか」
『そう思ってくれてもいい』
リセは苦笑した。
「どうして僕に見えるんだ」
『オルフェウスが君を認めたから』
「認めた?」
『この機体はパイロットの心と繋がるの』
リセはオルフェウスの装甲に触れる。
『だから危険だった』
「危険?」
『強すぎるから』
少女の目が曇る。
『人の願いを叶えられるほど』
その言葉が妙に怖かった。
『守りたい』
『助けたい』
『勝ちたい』
リセは静かに言う。
『オルフェウスは、その願いを増幅する』
ユウリは戦闘中の感覚を思い出した。
未来が見えた。
敵の動きが読めた。
だが同時に、怒りも悲しみも何倍にも膨れ上がった。
『だから私は失敗した』
リセは目を閉じる。
『大切な人を守ろうとして』
『たくさんの人を死なせた』
ユウリは何も言えなかった。
その時。
艦内警報が鳴り響く。
真っ赤な警告灯。
『敵襲!』
『敵艦隊接近!』
リセの姿が揺らぐ。
『来たみたい』
「またかよ……!」
ユウリは歯を食いしばった。
モニターには無数の敵影が映る。
だが、その中心にいる機体を見て凍りついた。
赤いグリムゲルデではない。
黒いガンダムだった。
漆黒の装甲。
紫色の発光ライン。
そして額に一本角。
レイナ艦長の声が響く。
『識別信号確認』
『ノクス軍新型機――』
『ガンダム・ネメシス』
艦橋がざわつく。
「もう一機のガンダム……?」
リセの表情が変わった。
初めて。
本当に初めて。
彼女が恐怖を見せた。
『嘘……』
「知ってるのか!?」
『あれは……』
リセの声が震える。
『私が倒したはずなのに』
ユウリの背筋が凍る。
宇宙の闇の中。
黒いガンダムのモノアイが赤く輝く。
そして通信が入った。
『久しぶりだな、リセ』
男の声だった。
冷たい声。
死者へ語りかける声。
『三年ぶりか』
リセの顔が青ざめる。
『そんな……』
ユウリは気づく。
あの男はリセを知っている。
そして――
リセが最も会いたくなかった相手だ。
黒いガンダムがゆっくりと前へ出る。
『今度こそ終わらせよう』
赤い警報灯が点滅する。
ユウリは拳を握った。
リセは震えている。
死んだはずの少女が。
恐怖で。
そして黒いガンダムは、白いオルフェウスへ銃口を向けた。
戦争は、新たな局面へ突入しようとしていた。




