08.中年になってからも未知との遭遇の気分を味わえた文章
先日Xにてとある番組制作人(テレビマンと名乗っていた)のnoteが話題となっていた。
無論、良い意味で話題になっていたわけではない。
もはや語ることはないであろうほどに多種多様の人間から呆れと嘲笑と侮蔑の言葉が集まっている。そして誹謗中傷を除いたほとんどのどれもが理解できなくもない。
このnoteを読んでみたが言葉が出ないほどに驚いた。むしろ恐怖かもしれない。
本当に同じ時代で同じネットを使っているのか、同じXを使用しているが書いた人のいる世界は別次元ではないのか? そんな風にすら思えてしまった。
言葉は理解できるが言っていることがまるでわからない、というのはこういう場合に使うのだろう。炎上するべくして炎上した、とてもわかりやすい例かもしれない。
内容への細かなツッコミは止めておく。内容にあった①から⑩まで書いてたら長くなる。
僕が衝撃を受けたのはおおまかに2点だ。
まず1点目、唖然とするほどの「自己肯定と他者・他業界への敬意の無さ」だ。
社会の評価基準を軽んじて自分たち(テレビ業界人)の価値を上げすぎだろう。なのに外部からの評価基準を間違っていると思い込み他責にしている。
現代におけるテレビ業界への批判・批評というものは耳にしているはずであろうし、テレビというものへの「まなざし」も理解しているはずであろう。にもかかわらず、他社会人から見れば当然や欠点としか思えないような部分を強みとして売りに出している。
驚くほどに現代世間と自己評価がズレているのだ。客観的な視点をこんなにも無視した言い分が認知の歪みでないならなんなのか、意味がわからない。
そしてそんな調子のままで他業種のことを書いてしまえている。テレビマンと比較してつまらないだとか弱いだとか、他者を見下し彼らは無能で自分たちは有能であると。専門性を無視し、他人の事情を考えることもなく、自分たちの力で修羅場を越えてきたかの如く。
そうして「メタ認知能力の欠如」があると感じた。これが第2点目。
まるで「自分たちは流れを作っていく側だ」というような上位種の思考を持つ姿勢・態度でいながら、今の時代にこれを読んだ多種多様な仕事の人間がどう考えるかということをまるで考えられていない、客観視の無さが一番の肝だろう。
こんな、時代からも世間からも乖離した人間が視聴者が楽しんで集まる企画を考えられるんだろうか? たぶん僕程度では想像もつかないゴールデンタイムの視聴率を12%くらい回復させるような企画を持っているのだろう。僕はもう10年以上テレビを持っていないのでそんな人気番組があるのかどうかも知らないが。
こうした話が出てきてしまい、世の中のまともな人たちは「テレビはもう長くないだろう」と一層深く感じたのではなかろうか。
テレビ離れが言われだしてからどれだけたったかにも拘らず、関係者として働いている人間がこのような話をネット上にあげてしまう。
数日を経ても他の同業者からの呆れの声が話題にもなっていないところをみると、こんな感じの人しかもはやテレビ業界にはいないのかもしれない。いや、そうでもない人がいるのは知ってはいるけども。




