21.「女の敵は女」という言葉があるけど「敵は同属」になるのは当たり前では?
自然な話だ。
男の敵は男になるのも当たり前である。当たり前すぎて言葉になっていないだけなのだろう。
一番わかりやすいのはスポーツの階級別だろうか。
フライ級とミドル級は争うことにならないし、スプリンターとマラソンランナーも競争しない。
同じところにいる者同士が戦うことになる。同じランク帯であることは大事。
「女」という括りの同じ場所には「女」しかいられない。「男」の場所も然り。
自分以外の女、自分の属さないグループの女、自分の価値観と違う女、そうした女性らが攻撃の対象となっていく。
女オタク特有の同担拒否というのが一番わかりやすいが、怖いというか面倒なのででここで色々書くのはやめておこう。
誰かの悪口を言うグループは同じことをしない者を攻撃する。
オタクは自分と同じ属性、自分の好きなキャラの組み合わせを許さない者を攻撃する。
怠惰な主婦は旦那や子供の弁当を頑張ったり生活の向上を努力する者を攻撃する。
どれも同属でないと関わりがないし、自分の領分を侵すものでもないので、正常な人間からは攻撃対象になりえないものだ。
が、同属とはいえなろう作家の敵は他のなろう作家とは限らない。
まずこのなろうにおいての客、読者はポイントが無尽蔵だ。読者が使うのはお金ではなくて時間であり、時間を軸に考えればなろう作家の敵はその他のエンタメ全てだ。
これはエンタメ関連に属する人の共通の認識となる言えるだろう。ラノベ作家、漫画家、アニメ関係者、映画監督、ゲーム会社、などのどこのエンタメ界隈にいようが他のエンタメに客をとられる。配信者だろうとVチューバーだろうとエンタメという枠でしかないのだから一緒だ。その仕事を終わりとするまで限られたパイを取り合い続ける。血を吐きながら続ける悲しいマラソンかな。
こんな風に書いていくととても敵愾心を持った人間のように思われそうだが、「敵」を「好敵手」のように「ライバル」と読むようになると誰でもわかりやすいだろうか。
ゾンビ映画やモンスター作品でよくある批判に「最後は敵が人間になるのが嫌い」というものがあるが、これはどうしたって仕方のない話だ。
人間とゾンビでは食料など資源の奪い合いもなくて思想や価値観の対立もないし、男女のいざこざからなる愛憎劇だって起きようがない。ただ物理的に敵対するのみだ。人間同士の対立というのは物理ではなくて精神的なものが主となるので、どうしたって越えられない。




