97 命の恩人
アイ達はプリンを、キッシュの私兵に引き渡してから、無事キッシュの執務室へと訪れた。
アイは、プリンを倒した時の自分の豹変ぶりに少し驚いていたが、自分がプリンにとどめを刺そうとしたのを、ベリィが止めてくれたのが嬉しかった。
作戦は成功だ。
誇らしげに、アイはキッシュの部屋の扉を叩き、中に入った。
すると、そこにいたのは思いがけない人物だった。
「アイ様!」
「ネロ……!ネロじゃん……本物だ!」
アイは部屋の中にネロを見つけるとすぐに駆け寄った。
ソロンとノワールも部屋にいたが、アイの目にも入っていなかった。
「ネロ、目が……怪我したの?大丈夫?」
アイはネロの眼帯を見て、触れようとして、躊躇ってやめた。
「かすり傷です。アイ様こそ、本当に、ご無事でここまでたどり着けるなんて。よかった……できればお供したかった」
「そんなことない……ネロのおかげで私は今生きているんだよ」
アイとネロは抱きしめ合って、再会を喜んだ。
牢屋から出してくれたこと。
命に代えてでもと、アイを先に逃がしたこと。
次に行く先、王都を用意してくれたこと。
それがすべて、ネロのおかげだった。
感謝してもしきれない。
自分はネロのおかげで生きてここにいるのだ。
「ネロ……ありがとう、本当に……」
だが、もらった手紙に書いてあった思いの丈を思い出し、アイは突然感謝が頭から吹き飛び、赤面した。
「あっ……」
アイも男性から好意を持たれることはあっただろうが、あんなにストレートに思いを伝えられたのは初めてだった。
自分が男だろうが、恥ずかしくなるほどにまっすぐな好意だった……。
というか、今、あまりの喜びに抱きしめ合っているが、大丈夫だろうか?
「あぁぁぁ、ごめん、ごめん……」
突然謝り、アイは身体を離した。
「えっ?!あっ、はっ?ハイ……!」
ネロさえも再会の喜びのあまり、抱き合ったことを意識していなかった。
しかし、急に身体を離して、顔を赤らめてそっぽを向いた、分かりやすく照れるアイの様子に、心を乱され混乱した。
「ぎゃはははは!手紙の答え合わせもここでやるのか?」
ソロンがその様子を見て、大声で笑い、言った。
「ソロン!」
「ソロンお前!」
アイとネロが声を揃えて抗議したので、二人はまた顔を見合わせて赤面した。
部屋の全員がそれを見て大笑いする。
いや、エスの笑顔は引き攣っていた。
そんな二人のやり取りが終わると、キッシュの顔は真剣なものへと変わった。
「あっ、ごめん……それで、何があったの?」
空気を読んで、アイはそう尋ねた。
アイとベリィ、エス、サーシャは、もともとプリンの件を報告しに来たのだ。
なぜソロンたちもこの場にいるのかわかっていなかった。
「感動の再会に水を差したくはないのだけれど、少し、問題が起きてね」
キッシュはそう言うと、ソロンたちが対処した問題について、アイたちにも説明をした。
「そっか……マドレーヌが……」
「ごめんね、アイ。僕としてはその場でマドレーヌを確保できると踏んでいたのだけど……まさかベレロポーンが出てくるとは」
「あの槍を使われたら、この場の全員が束になってかかっても、止められるかどうかわからねぇ……取られる前に確保すべきだった……すまねぇな、キッシュ」
ソロンは責任を感じており、キッシュに素直に詫びた。
「んだよ……俺が悪ぃってのかぁ?」
ソロンの言葉を聞いて、不服そうに、ノワールが言った。
「いや、僕の読みが足りなかった。アイからマドレーヌのことを聞いていたんだ。目的を知るためとはいえ、泳がせずに捕まえるべきだった」
「まあ、まあ。過ぎたことを言っても仕方ないでしょ。こっちは問題なくプリンを確保したよ」
「そちらもありがとう、アイ。教会には、数人向かわせた。魔物化兵士も回収済みだよ。地下の氷が溶けきる前に、証拠を押収したら完璧だ」
「氷の件はその……ごめん……やりすぎたかも。溶けたら水浸し……だよね。ところで、プリンはどうなるの?」
「証拠をもとに、王国の裁判所が裁くことになる。僕の手は離れるけど、ユーフォリア教団の危険性を世に周知する必要もある。問題ないだろう。目を覚ましたメルカは……操られていたから情状酌量の余地があるけどね」
「そっか」
プリンにはきっと重い刑罰が科されるのだろう。
アイは想像して、少し暗い気持ちになった。
さっきまで殺す勢いで攻撃していたというのに、自分でも自分が恐ろしくなった。
あの時のことは、またメープルに相談しよう。アイはそう思った。
「兄さんは、メープルに治療してもらった。じき、正常に戻るだろう。アイと同じで、過去のことは覚えているから、時期が来たら僕から説明することにする」
アイはローストに同情した。
操られているのが終わった後の、罪悪感と言ったら、不愉快で仕方がないものだった。
その苦しさは、アイにしかわからないものだろう。
「ユーフォリア教団は、計画に遅れが出るだろうけど、おそらく誰かがプリンの研究を引き継ぎ、魔物化兵士の軍隊を生み出すだろう。その気配に注意を巡らせて、小さいうちに潰していくしかない」
「ハァ……問題は山積みだな。結社の方はどうする?」
「結社は手がかりを残さないが……」
そこまで言ったところで、ベリィが口を開いた。
「あの……」
「ベリィ、何か教えてくれるのかい?」
キッシュが嬉しそうに、ベリィに微笑んだ。




