98 鍵
キッシュはベリィを問い詰めたりはしてこなかったが、元結社の構成員のベリィが持つ情報は、欲しくて仕方のないものだった。
「結社は……”鍵”を集めているんです」
「鍵?扉とかを開ける鍵か?」
ソロンが尋ねた。
「鍵とはあくまで例え?だと思います。ウチら下っ端も深くは知らされていませんが……分かっていることだけでもいいでしょうか……」
「構わないよ、ベリィ。是非聞かせてくれ」
キッシュはそう促した。
ベリィは一目、アイのほうを見たので、アイも頷いた。
「分かっていることは……鍵はいくつもあるということ。それと、入手難度はとても高いということ。それに、ただ手に入れるだけじゃなくて、いくつかの順序を踏まえて、手に入れなくてはならないこと」
アイ達は、静かに、ベリィが言ったことの意味を、考える。
ベリィは、そんな様子を見ながら、言葉を続ける。
「結社が動くとき、必ずその複雑な道のりの最後には、鍵があります。そして、その鍵を全て集めた先が、結社の目的なんだと思います。でも、ウチらはそれが何かまでは、教えてもらえません。鍵が一体いくつあるのかも、知りません」
アイは過去と照らして考える。
結社が動く先には鍵がある。
ということは、カラムの件も、今回の王都の件もそうなのだろうか?
「ウチらが聞かされているのは、結社の目的が叶った時、各構成員の願いも、全て叶えられる、ということ」
「ハッ……そんな甘言に騙される奴らなんざ……」
ソロンがそう言ったが、ベリィは少しむっとして言い返した。
「そうやって、甘くみているから逃げられるんです。少なくともウチらは、勧誘時に結社が所持している物の力の一端を見せられて、それに説得力を感じて所属することを選んでいるんです」
「そうだよ、ソロン。結社の抜け目のなさは、君も知っているだろう」
「わーってるよ……敵を褒めてばかりいたら、士気が下がんだろ」
キッシュに注意されて、ソロンはうんざりしたようにそう言った。
「ウチが知っているのは……これくらいです……はぁ……どうしよう、これでウチはいつ結社に殺されてもおかしくない……」
ベリィが不安そうに俯いた。
「ベリィ、ありがとう。僕らがいくら頑張っても得られない、重要な情報だ。君のことはなんとしても守るから、不安にならないで」
キッシュはベリィに感謝したが、ベリィはそれでも何か言いたそうな顔をして、アイを見た。
「そうだね……ある意味では、僕らは様子を見ていた。結社の目的がわからなかったから。けれど、どうやら結社が鍵を集めきったら、まずいことになりそうだ。それなら、今の段階から、鍵を手に入れようとする全ての動きを、邪魔したほうがいいかもしれない」
「それには賛成ですが、結社の足取りを掴めないのが問題なのでは?」
サーシャがキッシュにそう問いかけた。
「無、ではないさ。透明人間だって、音や匂いで追える。そうでしょう?エス」
キッシュはそう答える。
「ええ。透明人間など、姿を明かしてしまえばただの雑魚……」
エスは、不安そうにしているベリィを一瞥して、容赦なくそう言う。
「エス」
アイが一言怒ってそう言うと、エスは、肩をすくめて一歩下がると、黙って腕を組んだ。
「それに、結社が絡んでいる今明らかな異変が一つある。それを調査してもらおうかな」
「カラム団長の周りのことだろう。それなら、俺から報告が一つある」
「報告?何だい?」
ネロにキッシュが尋ねた。
「カラム団長は、キャロリン副団長と婚約したらしい」
「えっ……」
アイは、驚愕した。
なんだ、あの男は。マドレーヌが終わったと思ったら、とっかえひっかえか……
「ああ、アイ様にはまだ話していなかった。キャロリン……あの女の右目は……ルカと同じものになっていた」
「そんな……じゃあ……マドレーヌと同じ?」
そう言いながらも、アイはルカの方を想像して、ぞっとしていた。
今、ルカは全盲ということか?むごすぎる。
アイを殺すのに失敗したせいで……
というか、ルカは既に殺されている可能性だって高い。
「おそらく、精神操作だろう。実際に結婚にこぎ着ける前に、阻止する必要があるね」
キッシュがそう言った。
「俺が行こう。副団長には借りがある」
そう言うと、ネロは眼帯を静かに指さした。
「私も。私も行きます」
アイも、気が付けばそう宣言していた。
結社を、許してはいけない。
ある意味、カラムは一番の被害者だし、自分だってそうだ。
それに、連れて帰ったルカの扱いを聞いた今、味方を物のように扱う結社を、アイは心の底から嫌悪していた。
「アイ。君まで……君たちは、十分危ない目に合って来た。全てが終わるまで、ここでゆっくりと過ごしてもいいんだよ。僕はそれでも構わない」
キッシュの言う通り、アイは数々の事件に巻き込まれてきた。
命を落としてもおかしくない場面もあった。
しかし、そんな数奇な運命をたどったからこそ、大きな闇と、世界に迫る危機を知った。
ここまで来て、全てを忘れて静かに暮らすことなど、できるはずがなかった。
ただ、それは結社への恨みや憎しみだけではなかった。
「私も……自分にできることがあるなら、したい。何で私が、今、ここにいるのか、知りたいから」
なぜ自分は転生してきたのか?
死んだのならば、無か、あの世が待っているのではなかったのか。
ならば、なぜここにいるのか。アイは、その答えを見つけたかった。
自分は世界を救うような勇者に生まれ変わってはいない。
嫌われ者の、令嬢でしかない。それでも、今、ここにいることには、何か意味があるのだと思いたかった。
アイはそンなことを考えて口に出したが、ここにいる誰も、そんな深いところまでは理解することはないだろう。
しかし、アイの固い決意は伝わったようだった。
「アイ……以前にも言ったでしょう。僕は、君の自由意志を制限する立場にない。君はどこにでも行けるし、何でもしたいことができる。君のしたいようにね」
キッシュはそう言って、笑った。
「その道筋が、僕が為そうとしていることと少しでも重なっているなら、協力するし、協力してほしい。これからも、よろしくね、アイ」
「うん、ありがとう、キッシュ。よろしく」
アイは、この国の第三王子に、まるで友達にするかのように、そう挨拶した。
「それと、アイの手配は既に自由都市国家連合と王国内に通達済み。晴れて君は無罪だよ!」
アイはすっかり忘れていたが、キッシュは自分の罪を帳消しにしてくれていたらしい。
これで、アイは何の心配もなく故郷に帰れることになった。




