96 王城の地下 2
地下階段の中腹では、近衛兵とノワールが戦っていたが、足場が悪いこともあり、お互いじりじりとにらみ合っていた。
「どうした?来ないのか?じゃあ俺からいくぞぉ」
ノワールが攻撃を仕掛けようとした時、上からまた別の足音が響くのに気づいた。
「ん~?」
ノワールが上を向くと、螺旋階段の反対側から、ソロンとネロが走ってノワールのほうへと階段を降りてきているのに気づいた。
「おせぇぞ!ソロン!あの女は下へ行っちまった!!」
「ノワールよくやった!連絡が早くて助かる!」
「あ゛~?誰だぁそいつ!」
ソロンとネロは全くスピードを緩めず、ノワールのほうへと突進してきた。
ノワールはじっとネロを見て首をかしげているが、近衛兵たちは剣を構え、襲撃に備えていた。
「ちょいと失礼!」
ソロンとネロは、ノワールにぶつかる直前で勢いを緩めずに跳躍すると、ノワールどころかその先にいる近衛の一団も飛び越えたところへと着地した。
「いいねぇ~気に入った!」
ソロン達が足並みをそろえて、衛兵を飛び越えて行ったのを見て、ノワールは楽しそうに笑った。
数人の近衛兵がソロンたちを追おうとしたが、ノワールは正面の近衛兵を蹴りつけて、自身に注目を集めた。
「おいおい~。後ろにこんな美少女を残して、無事に階段を下りられると思っているのかぁ~?」
ノワールはそれを機に、近衛兵たちへと攻勢に出たのだった。
ソロンは、時折上から響いてくる悲鳴や、落下していく近衛兵達を見て、驚くようにヒューっと口笛を吹いた。
ソロンたちが階段を降りきると、そこには槍を手にしたローストと、マドレーヌがいた。
「くそ……早い。早すぎる!お前ら!アイの手のものか!」
マドレーヌは余裕をなくした表情で、ソロン達を怒鳴りつけた。
「俺は違うよ?こいつはそうだ」
ソロンはおどけて、ネロを指さし言った。
「いかにも。久しぶりだな、マドレーヌ。カラム様にはもう飽きたのか?」
ネロはマドレーヌを見て、そう言った。
「お前……お前紅蓮にいたな……また顔が割れた。もう駄目だな、この顔は。気に入っていたのに」
マドレーヌは狼狽した。
「もううんざりだ。忌々しい。お前たちはしぶとすぎる。まるで害虫みたいに湧いてくる。消し去るにはやはり……まぁいい」
マドレーヌは一人でぶつぶつと言っている。
ネロは、剣を抜き、構えた。ソロンも刀の柄に手をかけた。
「ロズ、やって」
「ああ」
マドレーヌに指示をされると、ローストは無表情に、槍を構えると、ソロンがいたところに軽く突き出した。
本当に軽い一突きだった。
が、爆発的な突風が生まれ、避けたはずのソロンが横に吹っ飛ばされた。
「うぉっ?!」
少し離れていたネロでさえ、姿勢を低くして突風に耐えた。
そしてローストが槍を突き出したはるか先の壁が、えぐられ、ズシン!と音を立てて、地下全体に大きな振動と音が響いた。
まるで木を揺らされて落ちてきた果実のように、近衛兵が落ちてきて、地面に叩きつけられ、血だらけの遺体になった。
「おい、ソロン!無事か?なんだこれは!聞いていないぞ!」
ネロが叫ぶ。
「痛ててて……知らねぇよ!俺だってノワールからここに来いとしか知らされてねぇんだ!」
「ロースト、ぼさっとしないで。必ず仕留めて!」
ローストは今度は近くにいるネロのほうへ、槍を振るった。
ネロもそれを避けるが、同じように風圧で吹き飛ばされる。
「くっそ……王子様を殺すわけにはいかねぇ……だが、それなら話は簡単だ」
ネロに注意が向いているうちに、ソロンは姿勢を低くし、刀に手をかける。
そして一瞬のうちにマドレーヌに肉薄し、刀を振るった。
「くっ……?!」
マドレーヌはとっさに右手をかざして防御した。
「何っ?!」
マドレーヌの体を両断するはずだった、目にもとまらぬ一閃が、硬い何かに遮られ、ソロンは驚く。
金属を斬ったような衝撃に、腕がびりびりと振動した。
ソロンが見ると、マドレーヌの右手が、黒く硬い物質に覆われていた。
その手首から先は黒く染まり、指は鋭く、魔物の手のようになっている。
「あっ……ぶない……危ない……お前ぇ……」
寸でのところで命を繋いだマドレーヌは、汗を垂らしながらソロンを睨む。
丁度そのころ、ゆっくりとノワールが、階段を下りて、下に到着した。
「近衛を全部やったっての?一応精鋭よ?アンタたちねぇ……ズルにもほどがあるでしょ……」
悔しそうに、マドレーヌは呻いた。
「準備運動は済ませてきたぜ?なんか楽しそうな音が聞こえたなぁ」
ノワールはそう言いながら、指の骨をポキポキと鳴らした。
「くそ……まだ半分だけど仕方がない……ロズ!槍を渡して!」
マドレーヌがそう言うと、ローストは素直にマドレーヌの方へと近づいた。
「させるか!」
ネロがローストに斬りかかるが、信じられないことが起きる。
後ろからローストに斬りかかったというのに、槍が勝手にしなるように、振り返りもしないままに、ネロの剣戟を防いだのだ。
そして先ほどと同じように、衝撃波が発生し、ネロは軽々と吹き飛ばされた。
「なっ?!何だぁ!あの槍は!曲がったぞ!」
そう言いながらもノワールは走ってローストへと距離を詰めた。
するとローストは、ぐっと構えたあと、ノワールの方へと槍を投擲した。
矢よりも速く、猛禽類よりも早いほどの速度で、飛んでくる槍を、ぎりぎりでノワールは避けた。
しかしその風圧で地面に叩きつけられる。
「うぐぅっ?!」
ノワールは身体を起こそうとしたが、すぐには立ち上がれなかった。
槍はそのまま地面に突き刺さっていたが、何と自然に浮き上がり、ローストの手元へと戻った。
「おいおい……」
ネロがその様子を見ながら、信じられないという風に首を横に振る。
「あっちは手に負えねぇな……」
様子を見ていたソロンが再びマドレーヌに攻撃するが、マドレーヌはギリギリのところで、その手で攻撃を防ぎ続ける。
「ロースト!この馬鹿!早く槍をよこせ!」
マドレーヌは自分に近づいてきていたローストの方へ向かうと、槍をひったくった。
「お前たち……全員……全員殺してやるからな!!」
マドレーヌはそう言うと、槍を掲げて、何故か上のほうへと投てきするような仕草を見せた。
「まずい、止めろ!!」
ソロンが叫んだが、マドレーヌは槍を投げた。
正確には、投げる動作をしたが、槍から手を離さなかった。
すると、その槍に運ばれるかのように、一瞬にしてマドレーヌごと飛び去り、はるか上の階段の上へと着地した。
「ありえねぇだろ……」
ノワールは口をあんぐり開けて、その様子を見ていた。
「チッ……」
高いところから三人を見下し、マドレーヌは再びその槍を構えると、同じようにしてはるか上へと跳び、全員の目の届かないところまで逃げてしまった。
「どうする?ソロン」
「間に合わんだろう。しょうがない。あの槍は本来、少人数で相手できる代物じゃねぇさ……」
ソロンはネロにそう答えながら、座り込んであぐらをかいた。
「なんなんだよぉ、あの槍はよぉ」
ノワールも座り込みながら、そう尋ねた。
「おそらく、”ベレロポーン”だ。キメラを討伐した最終兵器だよ。誰にもどこに保管されているかわからなかった代物だが、まさかこんなお膝元に置いてあるとは予想できねぇだろ。なぁ、おい、第二王子様?」
「どうした?」
ローストは表情一つ変えず、その場にたたずんでいた。
「ロースト殿下は元に戻るのか?」
「ああ。うちに凄腕がいる。その女も俺と同時に宮殿を出たが、到着にはもう少し時間がかかるだろう」
ネロの疑問に、ソロンはそう答えた。
「はぁ~あ、やられたぜ。キッシュに絞られるぞ、これは」
ついにその場に大の字に寝転がり、ソロンはそう言った。
「最終兵器が結社の手に渡ったわけか……しかし、なぜあの女はあんなに悔しそうにしていたんだ?」
目的が達されたというのなら、ネロにとって、マドレーヌのあの態度は妙に思えた。
何かを半ばで諦めたような、そんな様子だった。
それに、初めから自分で槍を持っていればいいのに、ローストに渡したことが不可解だった。
「結社は何がしたいのかわからん。一貫してそうだ。あの槍並みの代物をいくつか持っているはずだが、それを使ったためしがない……。それだけに、一気に使われでもしたら……やべぇってことだ……」
あんなものがいくつもあったら、それこそ、たった数人で戦争を起こせてしまうかもしれない。
ネロは想像して、ぞっとしたのだった。




