85 久しぶりじゃない
王都の冒険者組合本部は広大だった。
他の街に構えられたそれよりも、はるかに大きく、沢山の人々が門のような出入口から行き来していた。
アイはサーシャを連れていくことで多少目立つかと思っていたが、王都には奇抜な冒険者も多くいて、たかだか東方の帝国のドレスを着ていようが、無表情なメイドを連れていようが、誰も気にしていなかった。
アイはいくつかの列に分かれた受付の一つに並び、自分の番が来ると名を名乗った。
「グレイス。ブリザーズ所属。情報が欲しくて来ました」
「依頼ではないんですか?」
「ブリザーズの安否を」
「確認します」
受付の女性は、すぐに席を立ち、バックヤードへ行くと、資料をもって戻ってきた。
「数日前ですが、スティルさんが、教会前で別れたきり失踪……その後、残りの二人とも連絡が取れなくなっていますね……」
「その後は?」
「冒険者組合の保険によって、メンバーの捜索依頼が出されましたが、報酬は少額ということもあり、発見には至っておりません。有力情報として、スティルさんがシスター服の女性を歩くのを見た、という目撃情報があります。地図で言えば、このあたりですね」
受付の女性は王都の地図を出し、目撃情報があった場所を指した。
「ありがとう」
アイは短くそう述べると、すぐにそこへと向かうことにした。
「シスター服だって。教会の人かな。あの近くに教会はある?」
「あるにありますが……新・神設教会のものではありませんね。おそらくユーフォリアですが、詳しくは不明です」
サーシャが冷静に答える。
「ユーフォリア教団……」
そこに違いない。
アイたちは恨みを買うのに十分なことをやってのけたのだ。
アイと別れてから、こんな形で意趣返しをしてくるとは。
「絶対そこだ。どうしてついて行ったりしたんだ、馬鹿スティル……」
アイはそこへと直接向かうことにした。
教会に近づくにつれ、人通りはまばらになり、日差しの差し込まない町並みが続くようになった。
「お嬢様。この先は私が前を歩きます」
サーシャがそう言って、アイの前に出た。
ちょうどその時、アイの視界の前方で、青白い光が暗い路地に輝いた。
ミストか?
アイは身構えたが、視界に現れたのは、なんとスティルだった。
隣に、シスター服の女性もいる。
目撃証言の通りだった。
しかし、突然現れた様子にアイは警戒した。
「スティル?」
アイがそう問いかけると、スティルは無視し、シスターの女性に話した。
「何だ?メルカ、なんで急に場所が変わった?」
「わ、わかりません、驚きました。あの人たちがやったんでしょうか?」
メルカと呼ばれたシスターは、サーシャとアイのほうを指さした。
「そうかもな。奥の奴がアイだ。呼ばれたのなら都合がいい」
そう言うと、スティルは弓を構えた。
「お嬢様、お下がりください」
サーシャは両手を身体の前に構えた。
「サーシャ、金髪の男が仲間だよ。でもなんだか様子がおかしい……」
「承知。殺さないよう気を付けます」
アイたちが出方を伺っていると、メルカが突然苦しみだした。
「ううぅぅぅ~~~~ッ!!」
メルカが唸ると、両腕にしていた黒いそのブレスレットから広がるように、両腕が黒い光沢のある手袋に覆われるように見えた。
「何だ?」
メルカの指先は尖り、長い爪のようになった。
そしてそのままそれで引っ掻くように、サーシャに襲い掛かった。
「くっ……見たことのない魔法……お嬢様、下がって」
サーシャはメルカのその腕を避け、軽くつかむと、そのまま後ろに引っ張り、メルカに膝蹴りを食らわせた。
「がはっ!」
腹から空気が追い出された音と共に、メルカが苦しむ。
そのまま地面でのたうち回るのを、サーシャは無表情で見つめる。
その隙に、スティルは弓を構えた。
狙いはサーシャではなく、後ろにいるアイのようだ。
アイはスティルの狙いの正確さを知っている。
「スティル……どうしたの?まさかマドレーヌが操っているのか?」
操ったり操られたりがいくらでもある世界だ。
アイはそんな魔法を心底憎んでいた。
しかし、そう考えながらも身体はしっかり動かす。
アイは分厚い氷の壁で盾を作り出し、自分の前の地面から生やした。
「ふっ……!」
スティルはそれでも構わず矢を放ったが、何とその矢はアイの壁にすら届かず、その手前に立っていたサーシャが、片手で掴んで止めた。
そして、勢いを殺さず、そのままくるりと身体を回すと、スティルのほうへ矢を投げ返した。
「なっ……!バケモンかよ!」
スティルはその矢が自分の後方の壁に突き刺さったのを見て、そう言った。
アイはサーシャのその強さにも驚いたが、スティルのいつも通りのような喋り方にも違和感を覚えた。
操られているわけではないのか?
それなら、いったいなぜ?
「スティル……!なぜ戦うんだ!」
アイは叫んだ。
しかしスティルは答えない。
のたうちまわっていたメルカは、身体を起こすと、めげずにサーシャに襲い掛かった。
「ううぅ……!ここでやらなきゃ……ここでやらなきゃ私は!」
メルカは何度もその鋭い爪をサーシャに振り下ろすが、サーシャは最低限の動きで、紙一重でそれを避け続けた。
「ふぅ……退屈です。準備運動にもなりませんね」
サーシャは斬撃を避けながらも身体を回し、メルカの首に横なぎに蹴りと叩き込む。
「メイド殺法……”雑草狩り”です」
メルカは地面に叩きつけられ、まるで物のようにバウンドする。
しかし弾んだままに地面で四つん這いになり、サーシャに再び飛び掛かった。
サーシャがメルカの攻撃を避ける。
するとメルカはそのまま空中でサーシャの背後の壁を蹴り、斜め上から飛びついた。
サーシャはそれを予見していたのか、メルカの腹に蹴りを入れ、そのまま脚を伸ばして壁に片足だけでメルカを抑えつけた。
「メイド殺法、”虫叩き”!」
しかしメルカもそのままサーシャの足を掴み、離さなかった。
「なっ……?!なんて馬鹿力……」
メルカはその黒い殻のような、手袋のようなものに覆われている部分だけは、異常に力が強かった。
その握力は、人間のものではなかった。
「くっ……放せ!!」
サーシャは脚を振り回し、遠心力でメルカを振り払おうとしたが、メルカは引きずられるようにその足にしがみついた。
その隙にその脇を、スティルが駆ける。
「お嬢様!」
横を抜かれたサーシャが叫ぶ。
「アイ、見つけたぜ。探してたんだ」
スティルはダガーを構え、アイのほうへと突進する。
「スティル……くそ……!」
言葉が通じないスティルを、どうやって抑え込むか、アイは頭を巡らせる。
スティルが近づくのを邪魔するように、アイは氷柱を地面から生やす。
それでも避けて近づいてくるスティルに、かいくぐれないほどの密度で、アイは氷柱を生やした。
「ちっ」
スティルはそれを見て身軽に跳躍すると、隣の民家の塀の上に飛び乗り、その細い上を素早く駆ける。
アイはけん制に氷弾を飛ばすが、スティルは前宙してそれをかわし、進むことをやめない。
「アイ、大人しく捕まってくれ。俺にはこうするしかないんだ」
「嫌だね、スティル。デートはもっと先のはずだろ」
行く気もないのにアイは、皮肉を言う。
ここで、倒す。
逃がしたら、また手がかりを失うことになる。
スティルは塀から飛び降りながら、アイへとダガーで斬りかかった。
「ごめん、ちょっと痛いよ!!」
アイは、そう宣言すると、自分の足元から氷の台座を勢いよく生やし、跳躍した。
そして、身に着けている手袋の周りに、氷のグローブを纏わせる。
標的の位置がずれたことでバランスを崩したスティルは必死に空中で身体を回したが、間に合わない。
アイはスティルの腹に、氷のパンチをお見舞いした。
肋骨が折れるような、嫌な音が響いた。
「ぐあぁっ!!!」
空中で吹っ飛ばされたスティルは地面に落ち、そのまま動かなくなった。
「やべっ……生きてるよね?」
ツンツン……とアイは近づいて足先で軽く蹴ったが、スティルからは反応がない。
恐る恐るスティルに近づくと、目の前をものすごい勢いで大きいものが通り過ぎて行った。
アイは驚いて身を反らした。
「ひぇっ!?」
それは、メルカだった。
アイのはるか後方へと飛び、弾み、転がって、動かなくなった。
その時にはすでに、腕に纏っていた黒いものは、無くなっていた。
メルカが飛んできた方向を見ると、サーシャが蹴り終えたような仕草をしていた。
「メイド殺法……”飛び蹴り”」
「いや普通の飛び蹴りじゃん……」
サーシャは化け物みたいに強い……スティルがそう思ったのと同じように、アイもそう思った。
「うぅ……」
アイはスティルが生きていることを確認すると、氷で手や足を拘束した。
そして、倒れているメルカと一緒に、宮殿へと連れて帰ったのだった。




