84 いてもたっても
「王都の名物料理が食べたいな、それも、キッシュが用意するような量が少ないのじゃなくて、屋台とかで売ってるようなの」
アイはサーシャに要求した。
「いいですね。ごまんとありますよ」
「それと、もし余裕があったら、ついでに冒険者の評判とかも知りたいな。ブリザーズっていうチームなんだけど」
アイはずっと気にしていたことを打ち明けた。
せめて元気にやっていると聞けば、安心できる。
「ふむ、ついでに聞いてこさせましょう。私はアイ様のそばを離れるわけにはいきませんので……他のメイドを呼んで参ります……しばしお待ちを」
そう言って、サーシャはもう一人、メイドを連れてきた。
そのメイドはアイのほうを怖がるようにしながら、部屋に入ってきた。
「わ、わわわたし、シロと申します。よろしくです……ですです……」
「えっと……よろしく、シロさん」
アイは挨拶したが、なぜそんなに怯えられているかはわからなかった。
シロは、かつてのアイのように黒髪を長く伸ばしており、前髪は長く、目にかかりそうなほど伸びていた。シロはサーシャと同じメイド服を着ていた。
「大丈夫ですよ、アイ様。シロはいつだって生まれたての子犬みたいにぷるぷる震えているんです。鬱陶しいでしょう?」
「え、えへへ……」
サーシャに鬱陶しいといわれたのに、シロは愛想笑いを浮かべていた。
「いや、言い過ぎだよ……」
「シロには次の仕事が控えていますが……その前に一緒に英気を養いましょう!というわけで、城下の屋台でおいしいものを買ってきて。シロチョイス、よろしく」
「え、あ、はい、買ってきます」
「あと、ブリザーズという冒険者たちの評判を調べてください」
「え?え、あ、はい……」
どうして、と聞くのを自分で諦めて、シロは部屋を去った。
「あの子、大丈夫なの?」
「何がですか?」
アイが尋ねると、何のことか分からないといった感じで、サーシャは答える。
「いや、シロさん、いろいろ……自信なさそうだったけど」
「ふふっ……自信と実力はまた、別の話ですから」
サーシャはそう言ったが、その何時間か後に帰ってきたシロを見て、アイは驚くことになった。
「あ゛~~ったく、だりぃなぁ!なに、おつかいとかさせてんだよ!」
脚で勢いよく扉を蹴り開き、アイの部屋に大声で文句を言いながら入ってきた人物は、明らかにシロだった。
しかし、整えられていた黒髪は、ぼさぼさに乱れていた。
その様子を見て、アイは同一人物か一瞬疑った。
「おかえりなさい、ノワール。あなた、何で出てきたの」
サーシャは何故か、シロのことをノワールと呼んだ。
「あ゛ぁ?食いもん食うために決まってんだろ。アイツにゃ勿体ないね」
シロは、抱えたいくつもの紙袋を、机の上にどさっと置いた。
「え?どゆこと?」
戸惑うアイに、サーシャが説明する。
「シロは二重人格なんです。ノワールが裏の人格。シロはノワールがいることを知りませんが、ノワールはシロである間の事もすべて知っています」
「俺が裏だぁ?全部知ってるんだから、俺こそが表だろうが?」
そう言いながら、ノワールは串に刺さった肉を、ぱくぱく食べ始める。
「ん何だよ。食べねぇのか?全部食っちまうぞ?」
ノワールにそう言われ、アイとサーシャも紙袋を漁って、目ぼしいものを見つけては食べた。
「うまっ……」
「ったりめぇだろう?俺のチョイスだぜ」
ノワールと同じものを頬張ったアイに、ノワールは得意げに言った。
「んで?ブリザーズ?とかいう連中の噂もしっかり聞いたぜ」
「ノワール、一応聞くけど、どこへ行ったの?」
「冒険者組合だが」
サーシャは目をつむって眉をひそめた。
「受付の女に、ちょっと肩をもって揺らしたら教えてくれたぜ。ブリザーズは行方不明だ」
「なんだって?」
「あ?だから、みんな、いねぇとさ。一人が失踪して、そのあと立て続けに二人も姿を消したらしい」
「何で?」
「いやそれはわかんねぇけどよ……ってオイ?」
アイは席を立つと、早歩きで部屋を出た。
「お嬢様、アイ様、お待ちください。話を聞いて」
サーシャが呼び止めるが、それも無視する。
「あぁ?何だぁアイツ」
部屋を出る直前に、サーシャは振り向いて、ノワールに指示を出す。
「ノワール、満足したら、ちゃんとシロに身体を返して、次の仕事に向かいなさい。絶対ですよ」
「へーいへい。たらふく食ったらな」
ノワールは面倒そうに手を振ったが、サーシャはそれを見届けることなく、アイを追った。
「アイ様、止まってください。相談しましょう」
「王都はもううんざりだよ。ろくな奴らがいないに決まってる。何かに巻き込まれたんだ。助けないと」
アイは足を止めずに、そうまくし立てる。
「わかりましたから。どこへ行くつもりなんです?」
「冒険者組合。何かわかるかも」
「ここが一番、安全なんです。出てはいけません。めっ、です」
こんな時まで、サーシャは人をおちょくる事を忘れないらしい。
人の気も知らないで!
アイは少し腹が立って、立ち止まった。
「自分が私の立場だったら、じっとしていられる?キッシュに何かあったら?」
「やっと止まってくれましたね」
サーシャは全く動じず、答えた。
「私が命じられているのは、アイ様の安全を確保することと、身の回りのお世話をすること、それだけです」
「だから?」
「どこかへ行こうというのなら、止めはしません。しかし、私も必ず同行します」
「止めないの?」
意外そうに、アイが聞き返した。
「私は、ただの使用人ですから」
サーシャはそう言って、微笑んだ。




