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86 監視

  キッシュの巨大な宮殿ともなれば、なんと医務室が設置されており、医者……回復術師がそこに常駐している。

 ベッドがいくつか並んだ中に、スティルとメルカが寝かされていた。


 差し込む光もあってか、スティルはそこで目を覚ました。


「ん……痛ってぇ!!」


 その目には光が戻った、今まで通りのスティルがいた。


 アイたちはスティルが意識を回復したという報告を受けて、すぐに会いに来た。


「アイ……ここは……」


「第三王子の宮殿だよ」


「あ、僕、第三王子です。よろしくね」


 キッシュはにこやかに挨拶した。

 スティルは白目を見せると、そのままベッドにばたんと倒れた。


「ごめん、まだ夢覚めてないわ」


「いや覚めてるから。いろいろ説明してほしいんだけど。あとここまで運ぶの凄い疲れたんだけど」


「それは知らねぇわ……無意識だし……」


 スティルは、アイ、キッシュ、サーシャの三人に、自分に何が起きたか話した。




「あのシスターは魔法を使って俺を操ったが……完全に操るというよりは、心の見られたくない部分を人質に取られたような感じだった」


「私のこと、認識してたよね?」


「していた。アイだと分かったうえで、冷静に攻撃していた。それが正しいと本気で思っていたんだ」


「私を殺せって命令されたの?」


「ああ。グリサリアを襲撃した犯人を見つけて殺せ、とな。でもあの時は全然別の場所を探していた。それが突然教会の近くに転移したんだ」


「私たちも何もしてないし……それもシスターがやったのかな……」


 アイがサーシャを見ると、サーシャも首を傾げた。


「あのシスターは……バケモンだ。魔物みたいなもんだよ。メルカ……そこの女が使った術を、ほとんど全身に使うことができる。黒い鎧みたいなものだ」


「黒い鎧?」


 キッシュが尋ねる。


「ええ、キッシュ様。彼女の腕輪から、腕全体を覆うように、黒い繊維が広がり、魔物の腕のようなものを形成しました。単純な腕力なら、私のはるか上です」


 サーシャは簡潔に説明してみせた。


「そんなものが……王都のユーフォリア教団にももっと注意を払っておくべきだったか……」


 キッシュは顎に手をあて、考え込む。


「とにもかくにも、シードルたちの行方はしらない?」


 アイがスティルに尋ねると、スティルは首を横に振った。


「キッシュ……」


「アイ、ダメだよ。今回君が勝手に出て行ったことだって、看過できない。それを止めなかったサーシャも同罪だよ」


「そ、そんな殺生なー」


 まったく感情のこもっていない声で、サーシャは言った。

 キッシュをまったく恐れていないようだ。


「もちろん、秘密裏に教会へ調査は送る。僕を信用して」


 キッシュがそう言い切ったので、アイはそれ以上言わなかった。

 サーシャの強さをみるに、キッシュが手練れの部下をそろえていることは間違いなかったからだ。





 その頃、王城の部屋の中で、相変わらずマドレーヌは苛立っていた。

 部屋の中を行ったり来たり歩き回る。


「あーもう……全部目の前にあるのになんで実行できないのよ……ミストがアイツを片づけるまでは、どんな邪魔が入るかわかったもんじゃないわ」


 マドレーヌには与えられた仕事があった。

 しかし、それを遂行しようというときに、アイに会ってしまったのだ。

 計画の実行前に、顔が割れた。

 邪魔されないうちに仕事を終えることもできるかもしれないが、万が一にもそのタイミングで横やりが入るのだけは避けたかった。

 だから、こうして焦らされながらも、アイが殺されたという報告がミストから届くのを、心待ちにしていた。


 そんな時、部屋をノックする音がした。

 ミストか?いや、違う。

 奴は女相手でも気にせず部屋に直接転移してくる、デリカシーのかけらもない男だ。


 だとすれば、王城の関係者だろう。


「あ、あ、ああのあの!お邪魔します!!!」


 勢いよく扉を開けて、長い黒髪のメイド姿の女性……シロが入室してきた。

 マドレーヌの世話をしていた人間は、マドレーヌ自身が殺したことによって、王城内としては行方不明の扱いになっていた。

 その代わりの人員ということだろう。


「あら、ごきげんよう。あなたが私の身の回りの世話をしてくれるの?」


 一瞬にして心に仮面を被ったマドレーヌは、シロを満面の笑みで迎え入れた。


「はい!!シロと申します!精一杯がんばりまっす!!」


 シロは深々と頭を下げた。


「まあ、気を楽にしてくださいな」




 シロは不思議に思っていた。


 サーシャに食べ物を買いに行かされたかと思ったら、今度は王城に出向いて、使用人の穴埋めをしろと言われたのだ。

 でも、大丈夫。

 私はどんな場所でだって、がんばるだけだよ!

 ちょっぴりドジだけどね!


 シロはそう思い、部屋の中に自分の仕事がないか見てみたが、あることに気づいた。


「マドレーヌ姫は、お、お身体が悪いのですか?」


「へ?そんなことは無いけれど……」


「し、しし失礼いたしましたぁっ!なんだか、ほら、ベッドの下に、小さな血痕があるようなので」


 それは、マドレーヌがメイドを殺したときに飛び散ったものだったが、部屋で過ごしていたマドレーヌですら、気づかないほどの小さな一粒だけの血痕だった。


「あ、あらそう?そういえばそうね、指を切ったんだけど、派手に出血した割に、すぐ直ったわ。それかしら」


「なるほど!でででは、拭き掃除だけして、失礼いたしますね!」


 シロは部屋の扉の外に置いてあったバケツで雑巾を濡らし、血痕を拭いた。


 その間、マドレーヌは心から思っていた。

 鬱陶しい!早く出ていけ!

 こうして王城に潜入している以上は、目的の人物以外との接触はできるだけ避けたかった。

 マドレーヌは、自分でも気づかぬうちに、ストレスから腕を組んでいる手の指をとんとんと鳴らしていた。


 そして敏感なシロは、それに気づく。


 人の顔色ばかり窺っているので、相手の些細な仕草で、相手がどんな感情を抱いているか、感じ取ってしまうのだ。


 ひぃぃぃぃ~~~ッ!!!

 お、怒ってるうううう!!

 まだ部屋に来て自己紹介して、数分しか経っていないのに……もう嫌われてる!

 キッシュ様、もう帰っていいですか?

 いやダメだ、キッシュ様を失望させるなんて、いやだ!


 せめて印象よく……印象よく去ろう。

 シロはそのことだけを考えて、拭き掃除を終えた。


「たたた大変おじゃましました。あ……」


 これだ!シロは思った。


「その指輪、とてもき、綺麗ですね!」


 どもりながらも、シロはマドレーヌの黒い指輪を見て言った。

 シロは、珍しい指輪を誉めれば、マドレーヌが機嫌を直してくれると思ったのだ。


 その刹那、マドレーヌから殺気が少し漏れた。


 こいつ、わざとか?

 血痕を見つけ、そして、その時凶器になった、この指輪の存在を指摘するとは。


 殺るか?


 いや、立て続けに私のメイドが死ぬのはまずい。

 クソ。ここは穏便に済ませるしかない。


「ありがとう。お気に入りなの!」


 マドレーヌは微笑んだが、シロにとっては手遅れだった。


 こここ、殺し屋さんだぁぁ~~~ッ!

 殺し屋さんの目をしていた、今一瞬。

 ほんとはそれくらい私を嫌っているけど、無理やり普通に接しているんだ。

 ドジな私のために……

 なんていい人なんだろう……


 そう思いながらも、恐怖で引き攣った顔で、シロは別れを告げる。


「では。御用があればなんなりと」


 シロは表情を凍らせて、そう言うと、部屋を去った。

 そんなシロを見て、マドレーヌは最大限の警戒をしていた。

 私が無難に済ませたとたん、最後のあの冷たい表情……やはりあのシロとかいう女、何かに感づいている。

 ボロは出せないな……

 これ以上仕事の難易度が上がるのは避けたい……


 マドレーヌは、真剣な表情をして、窓の外を覗いていたのだった。




 ところ変わってキッシュの宮殿。

 アイのベッドのシーツを取り換えていたサーシャは、ふと、窓の外の王城が目に入り、シロに思いをはせた。


 大丈夫かしら?あの子。

 おっちょこちょいだから、ノワールが出る前に何かやらかさないか心配だわ。


 サーシャはそう考えたが、シロがマドレーヌのけん制にこれ以上ない効果を上げていることを、知る由もなかったのだった。


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