83 確保
「ハァ……ハァ……やべえとこに首突っ込んじまった……一人で来るんじゃなかったぜ……でもまあ、役得か?」
プリンに抱きしめられた事を思い、スティルは皮肉を言った。
「待ちなさい!」
プリンはスティルに全く追い付けず、引き離されていく。
あたりは既に日が沈み、暗くなり始めていた。
このまま距離を離されれば、見失ってしまうだろう。
「仕方ない……あれを使うしか……」
プリンは走りながら、胸元から、首にかけたロザリオを引きちぎった。
その瞬間、プリンの胸元から黒い繊維が身体を多い、硬く光沢を持った物質が、手、胴に広がっていった。
「ぐうううぅ!……ふふ……この痛みが心地いい……」
走り続けるプリンの体を覆い、その黒い、魔物の体表のような物質は、まるで黒いドレスのようにプリンの身体の一部を覆った。
「はっ?!」
スティルが気配を察し、突然足を止めると、その正面に、黒い硬い物質でできた、禍々しいドレスをまとったプリンが着地した。
地面の石畳が割れ、音を立てて飛び散る。
「おいおいおい……!」
スティルは弓を構えようとするが、左手が思うように動かない。
「チッ!じゃあどこ刺せばよかったんだよ……!」
スティルは自分に言い訳をするようにそう言うと、右手でダガーを構えた。
「無駄よ、坊や。大人しく私の胸で眠りなさい」
プリンがそう言うと、次の瞬間にはスティルの目と鼻の先に跳躍してきており、スティルは首を掴まれた。
プリンは軽々と黒い甲殻の手袋に覆われた手を掲げ、スティルは首を絞められたまま、ぶら下げられる。
「っぐぅ……!ばけ……もん……がっ」
スティルは必死でダガーを振るうが、その腕には、金属にでも弾かれたかのように、その腕には傷がつかない。
それどころか、数度突いたとき、ダガーはパキリと割れ、その役目を終えてしまった。
「化け物ではないわ。魔物よ。魔物を愛したが故の、この力……」
「てめぇら……ユーフォリアかよ……」
ようやく相手がユーフォリア教団だと気づいたスティルは、自分が狙われる理由を理解した。
しかし、時すでに遅く、プリンはその強い力で、スティルを抱きしめ直した。
みしみしと音を立てそうなほど強く抱かれ、スティルは悶絶ずる。
「今度は、最後まで話を聞いてもらいますよ?」
プリンがそう、耳元で囁き始める。
すっかり暗くなった夜の街に、スティルの叫び声が響いた。
そんな様子を、高い建物の上から見ていた男が、一人。
「あれは確かベリィの報告にあった……?」
ミストは、ベリィを探してここへ来ていたが、プリンとスティルが戦っていたところを偶然目にしていた。
ミストはプリンやスティルたちの動向を、ベリィの報告から知っていたが、それを見て、考えた。
面白いもんを見つけた。
マドレーヌの助力をする気はねぇが、面白そうだからけしかけてやるか。
俺はだいたい、自分が戦うより、人と人が戦っているのを見るのが好きなんだ。
ミストは次の手を考え、にやりと笑った。
アイは体調がよくなると、自室で、またもや勉強の日々を送る。
それにも飽きて、サーシャに少し話を振った。
「ねえサーシャ。ここは危ないんじゃないかな?私は家に帰りたいよ」
マドレーヌはもはや、アイの手に負える相手ではない。
国の危機に関わるようなことは、キッシュたちに任せて、アイはとっとと家に帰りたかった。
「それが、こここそが国中で最も安全な場所なのですよ。お嬢様。キッシュ様は、国難に備えて、数々の協力者や、私兵を準備しているのですから」
「マドレーヌがあんなに近くにいるのに?」
王城でさえ容易に不審人物の侵入を許しているというのに。
アイにはまるで信じられなかった。
「ええ。王城の警備はキッシュ様とは無縁ですから」
「意外にも、各王子様は独立しているんだね」
「表には出しませんが、第一から第三王子まで、政争の真っただ中です。特に第一、第二王子は骨肉の争いというやつですよ」
「一家団欒というわけにはいかないんだ。第一王子が正当な継承者ではないの?」
「本来そうなのですが、王様は第二王子を重用しているんです。片や、キッシュ様は民衆からの信頼が厚いのです。絶妙なパワーバランスですから、いつ崩れてもおかしくないですね」
「キッシュは戦争が間近といっていたけど?それは国内での争いのこと?」
「いえ、西方諸国との関係は悪く、開戦前夜とまで言われています。西方に領地を持つ第一王子は、そちらに目を見張らせているんです」
「そこを後ろから第二王子に刺されかねないと……」
どろどろしているなぁ。
アイは顔をしかめた。
そんな渦中に首をいくらでも突っ込めそうな場所が、ここ、キッシュの宮殿だ。
アイはやはり、早々に立ち去りたい気になってきた。
「ねぇサーシャ、やっぱり帰りたくなってきたよ」
「まあ、そう言わず。王都はとてもいいところですよ?何か欲しいものがあれば、何でもそろいます。勉強ばかりではなんですから、ちょっとくらい、キッシュ様のお金で贅沢してやりましょうか」
「なるほど……それは……いい考えだね、サーシャ」
本ばかりを押し付けられて、ストレスが溜まっていたアイは、サーシャの提案に乗った。




