82 シスター
「こ、こちらです」
メルカは、スティルを王都にあるにしては少し寂れてはいるものの、大きくて歴史のありそうな教会へと連れてきた。
中に入ると、大きなステンドグラスから光が差し込み、並んだ椅子に色とりどりの影が投射されていた。
中央奥の祭壇近くに、ピンク色の髪の毛をした、片目を前髪で隠したシスターがいた。
メルカが言っているのはそのシスターのことだろうか。
スティルは警戒しながら、そのシスター、プリンのもとへと向かった。
「おかえりメルカ、新しい信者さんをお連れしたのですか?」
「い、いえ、いえこの方はその……」
メルカは明らかにびくびくと震え、プリンの元へ近づこうとしない。
「綺麗なシスターさん。残念だけど、新設教会の教えはイマイチなんだ。冒険を好まない、市民向けだと思うね」
スティルはメルカの様子を見かねて、自分からプリンに声をかける。
「シスタープリン、と申します。おっしゃることはよくわかりますわ。新設教会だなんて、退屈極まりない」
スティルは怪訝そうにメルカを見るが、メルカは目をそらして、震えている。
「プリンさん、この子はどうしてこんなに怯えているんだ?」
率直にスティルはそう問うた。
メルカの様子はどう考えても、尋常ではなかった。
「この子も自らの罪を悔いているのです。誰に責められるよりも辛いのは、自罰。他人は一緒にいるときにしか責めてはこないですが、自分自身はいつどこにいても自分を責めますから……」
プリンが言葉を口にするたびに、ひぃ……ひっ、と、メルカの口から、怯えるような声が漏れる。
「どうかな、自罰ってより、アンタが彼女を責めているって可能性は。それくらいビビってるぜ」
「とんでもない!私はこの子を理解し、癒し、助けているだけです。そして、この子が連れてくるのは、自分と同じように悩んでいる、迷い子です……つまり、あなたも、彼女と同じなのです……」
プリンは、艶やかに笑った。
「へぇ……俺が迷ってるって?」
「ええ。例えば……そうですね……恋。女性。悩んでいる」
「恋多き男だからな」
警戒するスティルだったが、プリンは無警戒に、スティルに歩み寄った。
「片想い……それも長い年月の。叶わぬ、恋。話してみて?」
「お、おい……」
戸惑うスティルだったが、プリンはその豊満な胸を押し付けるかのように、スティルを抱きしめた。
スティルは、悪い気はせず、身体をすくめながらも、抱きしめられた。
プリンは、以前メルカにしたように、スティルの耳元で囁く。
「ずっと恋焦がれていたのね……ある女性に。どうしてその人を手に入れなかったの?」
スティルは、耳元でささやかれ、不思議な魔力で脳に直接言葉が入ったかのように、反射的に答えてしまう。
近づかれ、抱きしめられた時点で、既に、プリンの術中にはまってしまっていた。
「あ、あいつには……既に、好きな奴が……」
「だったら、奪い取ればよかったじゃない。どうしてそうしなかったの?」
「そいつも、友達だったからだ……」
「親しい女性と男性……その二人は、あなたを差し置いて、両想いだった。苦しいわね、辛かったわね」
「違う。苦しくなんかねぇ……二人が幸せなら、俺はそれで……」
「そうやって、偽善者ぶって自分を納得させたの?戦う前から諦めた?」
「違う……!シードルは、アイツは良いやつなんだ。邪魔なんてできない」
「そうやって自分を欺いて、騙して、逃避して、世を皮肉った生き方になってしまったのね?」
「仕方ないだろ!俺の好きな奴らがそれで幸せなら、俺はもうどうしようもないじゃないか」
「でも、あなたがつらいじゃない。あなたの幸せは、どうして満たされないままでいいの?」
「辛くなんて……」
「あなたも幸せになるべきじゃない?少しは、理解されるべきじゃない?どうしてあなただけが我慢しないといけないの?」
「俺は……俺には……別にほかの女がいる……」
「素直になって、身をゆだねて。あなたを理解してあげる。同意してあげる。赦して、あげる。そう思っていいのだと、教えてあげる。そうやって、自分から逃避しないで。本当の自分を、見つめるの」
「本当の、俺?」
「あなたはすでに絶望を知っている。その中でずっと、まともな振りをして生きてきたのね?でも、これからは、自省しないと。誤ったことを正すの。ほら、私に身をゆだねて、したがって。憎い恋敵を、仲間を、あなたは許せないはず」
「くっ……俺は……俺はずっと我慢して……違う……俺は……」
プリンに囁かれ続け、スティルは呻く。
脳がまともに働かない。
「ね、大丈夫だから。こうして抱き合っていると、一つになった気になるでしょう?私はあなたと同一だから、全て理解して…………?!」
プリンは、突然勢いよく、スティルから飛びのいた。
「ぐぁっ……!」
スティルは悲鳴を上げた。
プリンが見ると、なんとスティルはダガーを右手に持ち、反対の左側の自分の肩に突き刺していた。
どくどくと血が流れ、腕を伝って垂れ落ちる。
「きゃあぁぁぁあぁ!!!」
血を見たメルカが叫び、走って逃げて行った。
「ハァ……!痛えええッ!!!」
スティルも痛みのあまり、叫ぶ。
「馬鹿な……!私の術中に、抜け出たヤツなど見たことがない!」
プリンは驚愕の表情でスティルを見ている。
「悪いな、シスターさん。俺は……迫られるより追うほうが性に合ってるんだ。だから……追ってくるなよ!」
そう言い、スティルはダガーを抜き、出血する腕を抑えながら、走って教会を飛び出した。
プリンは必死でそのあとを追う。




