81 激昂
王城にある、部屋の中、マドレーヌは怒り狂っていた。
「ミースートおぉぉぉ!!!!!どう!いう!ことだよ!お前ぇぇ!!!!」
王城の誰にもばれないままこの場所に到達したミストは、マドレーヌをなだめる。
「落ち着けって……」
「お前が!お前がお前がお前が!!!あの女を取り逃がしたのが発端だろうが!!それが、あいつが、なんで、ここに、いるんだよ!!」
マドレーヌは手が付けられないほど怒り狂っており、ミストの胸倉を掴んでその身体を揺らした。
「上からの命令は他が優先だったんだよ。ルカがヘマしたのがかえって都合がよくなったからよ。もうあの女は、生きてても死んでても、関係ねぇんだ」
「そんなわけあるか!殺せ!私の顔を知ってるんだぞ!今すぐ殺してこい!あいつを、アイを殺せ!」
「おそらく第三王子の宮殿だろ?無茶言うな。ここにだって、お前が穴を開けたから来れただけで、俺の魔法でどこでも侵入できるなら、お前がわざわざこんなことする必要もないだろうが」
「無い頭絞って考えろ!」
「いいから落ち着けよ。第三王子の私兵は王の近衛より精鋭ぞろいだって噂だ。すぐにはやれねぇが、もちろん方法は考える。いいな?」
「くそ……あの性悪からカラムを奪うくらい楽勝だったんだ。なのにある日、突然猫みたいに大人しくなってカラムを誘惑し始めやがって……今度は第三王子だと?いつもいつも邪魔しやがってぇぇ~~……」
普段のマドレーヌからは考えられないほどの様子を見て、ミストはため息をついた。
まったく……結社の女はどうしてこうイカレたやつしかいないんだ……?
上司にしろ、ベリィにしろ、この女にしろ……
性悪だとか他人に言ってる場合か?
俺が一番の苦労人だと思うね、実際。
「まあ、今日はこれを持ってきたんだ。渡してから帰るぜ」
ミストは、黒い大きな丸い宝石のついた、指輪を一つ、マドレーヌに手渡した。
「何よ、これ」
「教団の技術を用いた試作品だそうだ。サド医者兼マッドサイエンティストのプレゼントだよ」
「へぇ……使えるかもね。瞳だけだと心もとないわ。なんたって王城だもの」
「心細そうには見えないがね……」
二人が話している時、突然部屋のドアが開いた。
驚いた顔で、入ってこようとしていたメイドが、二人のほうを見ている。
「はぁ……ちょっと待ってよ。王城の使用人はノックもできないわけ?」
額に手を当てて、マドレーヌは愕然とする。
「す、すみません、私……姫様が襲われているかと思い……」
叫び散らしたマドレーヌの声を聞いて様子を見に来たメイドは、明らかにそんな様子ではない二人を見て、怯え切っていた。
「ちょっとこっちおいで」
メイドはマドレーヌが呼ぶほうに恐る恐る近づくと、ミストはすれ違って扉のほうへ歩き、それを閉めた。
「ほら、もっとこっち」
マドレーヌの目と鼻の先まで近づくと、そこで止まった。
「う゛ッ……」
軽い衝撃とともに、メイドの体が少し、持ち上がる。
「ぁ゛……げほっ……」
メイドは驚いた顔で自分の腹を見ると、白いエプロンが真っ赤に染まっていく。
「何……で」
「バーカ、ドジ、まぬけ。人間には、たった一つの過ちで、全てを失う瞬間があるのよ。今がまさにそれだった。扉をノックさえしていれば、アンタはまだ生きてたかもしれないのに」
メイドはその場に崩れ落ち、血が床に広がっていった。
マドレーヌが自分の手を見ると、その手は漆黒に染まっており、五本の指の先が鋭く尖っていた。
そしてその黒い手は、メイドの血で真っ赤に濡れていたが、マドレーヌが手首を振ると、その黒と赤の皮膚がそのまま中指の指輪へと吸い込まれていき、黒い宝石になった。
「なかなか使える。なんたって、手が汚れない」
マドレーヌはそう、新しい武器の感想を述べた。
「はぁーあ。それじゃ、俺はこれで……」
空間転移して帰ろうとするミストをマドレーヌは呼び止める。
「ミーストぉ?当然、片づけていくわよね?アンタのせいだもんね?」
ミストは、この部屋に来てから何度目かもわからないため息をついた。
夕刻、王都の冒険者組合の前で、依頼の報酬を山分けしたシードル達が話していた。
「やっぱり王都の依頼は稼ぎが違うな。しなりのいい弓でも仕入れるか……?」
スティルも機嫌がいい。
「いいな。俺は、もう少し組合で情報収集でもするとしよう。いったん解散だ」
「了解~、私も買い物に行こう」
シードルたちは、その場で解散し、三人それぞれが別行動を始めた。
そんなシードルたちの様子を、物陰から伺っている人影があった。
それは、プリンに再びシスター服を与えられ、その忠実な部下となった、メルカだった。
メルカは、シードルにグリサリアの地下墳墓で助けられた為、シードルの姿を知っていた。
そして、プリンに彼らを見つけ出すように命令されてもいた。
「捕まえなきゃ……捕まえなきゃ捕まえなきゃ捕まえなきゃ……」
メルカは爪を噛み、必死の形相で別れた三人を目で追った。
その後、商店街のほうへ向かったスティルの後をつけた。
シードルはメルカの顔を知っているから、会ったらすぐばれてしまう。
シェリーは女性だし、スティルのほうが警戒を抱かず、話を聞いてくれるだろう。
メルカはしばらく、買い物をするスティルの後をつけていた。
しかし、人ごみの中、スティルは突然姿を消し、メルカは見失ってしまった。
一体どこに?
見失ったらまずい。プリンに何をされるかわからない……
焦って辺りを必死で見回すその姿は、人ごみの中でも目立っていた。
「よーし、振り向かず、そのまままっすぐ歩け?」
突然後ろから声が聞こえ、メルカは飛び上がった。
腰のあたりに、ダガーが突きつけられ、いつの間にかすぐ後ろにいたスティルが、そう囁いたのだった。
「ひっ……!」
「よし、そこを曲がれ」
メインの通りから、人気のない路地へと曲がると、スティルはメルカを自分のほうへ向かせ、壁に押し付け、ダガーを突きつけた。
「おっと……綺麗なシスターさんだったとは意外だね。それで?俺に……いや俺たちに何の用だ?」
スティルは首をかしげて、メルカに尋ねた。
メルカは必死で頭を働かせた。
「た、頼りに……そう!頼りになりそうだったから……助けてほしくて」
「ふうん?何から?」
「同じ……シスターです、私より偉い……怖いんです」
「それは教会の中で片づける問題じゃないのかな?」
「だって……お兄さんに助けてほしくて……」
メルカは瞳を潤ませて、スティルにそう頼んだ。
メルカはそんな演技をするほうではなかったが、今の追い詰められた状況は既に、彼女の瞳を勝手に潤ませるのに十分だった。
しかし、スティルはそれを、本当に困っているのだと勘違いした。
「ま、まぁ?どうせ助けてもらうなら、俺みたいな頼りになる相手がいいのはわかるけど?」
「そうなんです!説得してほしいんです……」
「まぁ……話を聞いてみるだけならいいが……君のほうが間違っているような話だったら、俺は考えを曲げてまでは助けないぜ?」
「構いません!ついてきてくれるだけで、心強いのです……」
メルカはある意味では嘘を言っていなかった。
それゆえに、その言葉や所作には、説得力があった。
「しゃあなし、ついて行こう」
スティルは、そうして、案内されるまま、メルカの後をついて行った。
「神設教会、だよな?王都にある教会か?」
「え、ええ。そうです。全くそうです」
メルカは楽しい会話などする気はなく、とにかく挙動不審に、スティルを案内した。
それでもスティルがついて来たのには理由がある。
この子が困っているのは事実だろう。
きっと、何かしら脅され、こうするように命令されているに違いない。
スティルからすれば、この子が先ほどのように、人を追跡するのに慣れていないのは明白で、きっと生まれて初めて人の後をつけたのだろうと思えた。
だったら、そいつのもとに会いに行って、この子を助けてやる必要がある。




