78 改造
翌日、アイは、改造されていた。
文字通り、改造に近いほど、身体を手入れされ、アイはただ、されるがままになっていた。
「お嬢様には後ほど鬼のように勉強していただきますが、キョウトウ帝国から来たと言われてもおかしくないように整えさせていただきます」
アイが美容師に髪を切られている間、サーシャはそう説明した。
アイの背中まで伸びていた黒髪は、綺麗に整えられ、肩までの長さになった。
美容師はその髪を後ろで束ね、珍しい素材の水色のリボンで留めた。
「帝国では、絹織物の衣服が主流ですので、身に着ける衣服もそれに近いものをご用意いたしました」
サーシャはそう言って、アイに新しい服を身に着けさせた。
しかし、複雑なその衣装は、自分一人では着られないほどだった。
「どうでしょう。お似合いですよ」
姿見の前に案内されたアイは、自分の姿を見て、思った。
……和服だこれ。
しかし、よく知っている和服そのものというよりは、和服をアレンジしてシルエットを身体のラインが出るようにしたようなものだった。
丈が短くて脚が見えているし、靴は編み上げブーツだった。
言ってみれば和洋折衷した衣服を、現代風にアレンジした衣服、ということなのだが、この世界でその表現をしたところで、アイ以外の人間に共感されることはないだろう。
「気に入りましたか?」
「和服だこれ」
「わふ……?」
「何でもない……馴染みがある気がするよ、なんとなく」
「それはグッドです」
アイがサーシャには適当に言ってごまかすと、サーシャは満足げにうなずいた。
その後、顔を弄り回すように化粧をされ、アイの全身偽装が整った。
「で~きあがり~」
「わー」
感情のこもっていない声で、アイは歓声を上げた。
とはいえサーシャのコーディネートの腕は確かで、アイは別人と見紛うほどになっていたし、異国の姫と言われても、おかしいところはどこもなかった。
「これを、毎日やります。髪以外」
「毎日……」
アイは露骨に面倒そうな顔をした。
「あとは所作、知識、だけですね」
サーシャは部屋から出ると、腕からサーシャの頭を超えるほどまで積み上げた本を、両手で抱えて持ってきた。
「うわぁ……見たくない見たくない……」
サーシャはそれを机の上にドスン、と置き、机のそばにもう一つ椅子を置くと、腰かけた。
そして、机をぽん、ぽん、と叩いて、来い、とアイに示した。
その時から、地獄のような勉強の日々が始まったのだった……。
アイは、サーシャが指示した順番で、帝国の歴史、文化、風俗、言語を学んだ。
もしかしたら、と思い、アイが期待して、言語の書籍に手を付けたとき、アイは絶望した。
まったくわからん……。
転生とかにありがちな、言葉だけは全部わかるよ的なサービスは、特に無いようだった。
アイがこの国の言葉を喋れたのは、この体に以前から染みついていたからということだろうか。
氷魔法が初めから使えたのも、そういう理由かもしれない。
言わずもがな、アイは一番苦労したのは、簡単なキョウトウ語を身に着けることだった。
しばらく経ったある日、久しぶりにキッシュがアイの部屋を訪ねてきた。
「おや、すっかり姫様だね。見違えたよ」
キッシュは少し驚いた顔をして、すぐにいつもの微笑みに戻った。
「それはどうも」
アイはうれしくもなさそうにそう言った。
勉強漬けの日々で、アイの心は荒んでいた。
「キョウトウ帝国から、手紙の返事があって、第三皇女を名乗るのは構わないそうだよ。帝国が手を焼いている、戦線への攪乱にもなるから、うってつけだそうだね」
「何が何だかわかりませんが、とりあえず勉強を続けなければいけないということですね……」
「まあ、そう怒らないでよ、アイ。他国の文化を学ぶことは、自分の固定観念を壊す事につながる。新しい考え方を身に着ければ、君は君じゃなくなるくらい、変わることができるかも」
「はーい、先生。わかりましたー」
うんざりしたようにアイは言った。
真面目なキッシュに、アイは学校で先生に取ったのと同じような態度を示す。
君の言うことはわかるよ、キッシュ。
でも異世界にきたら、ふつうは冒険がしたいんだよ、男の子はね。
ついこの間までは、その夢が叶ってたのに。
アイはキッシュに目線だけでそう訴えたが、伝わるはずはなかった。
「落ち着いたら、城に出かけようか」
「城って、あの城……?」
そびえ立つ王城を思い起こし、アイは聞き返した。
「そう、あの城」
キッシュはにっこりとして、そう言った。
「でも困ったね。勉強がはかどらなくて、もし、バレたりしたら、処刑されちゃうかも」
「怖いこと言わないでよ……」
笑顔でそう告げるキッシュだったが、ぞっとしたアイは、その後、命がかかっていると思って必死に勉強したのだった。
不安というのは、悲しいことに勉強の動機づけにはうってつけのようだった。
決して楽しくはないけど。
アイは嘆いた。
「名前をどうしようか。ややこしいからアイのままでいいかな?」
「適当すぎませんか?バレませんか?私処刑されたくないんですけど……!」
「大丈夫、大丈夫。見た目は別人みたいにできてるし、バレないよ。帝国にもある名前だし。イザナミ家だから、アイ・イザナミ、かな?」
「バレたら恨みますよ……!絶対許しませんからね!」
「大丈夫だって」
アイはキッシュは聡明な人間だと思っていたが、ここにきて、ノリだけで生きているのではないかと疑い始めたのだった。




