77 束の間
「うん、この部屋がいい。使えるね。少し簡素だけど」
アイがキッシュについていくと、部屋の中でテニスでもできそうなほどの広さの部屋へ案内された。
その中に、ぽつん、とベッドや机などの家具が距離を離して置かれていた。
簡素とはいったが、アイから見れば十分に高価そうなものだった。
「諸々、追って用意してもらおう。ソロンはまだかな」
キッシュが通路を除くと、使い走りにされたソロンが、一人の女性を連れてきた。
夜中だというのに、メイド服に身を包んだその女性は、部屋に入ると、綺麗なお辞儀をしてみせた。
ウェーブがかった金髪をツインテールにしているが、その子供のような髪型とは対照的に、その顔はツリ目で、ロボットのように無表情だった。
「彼女はサーシャ。最強のメイドさんだよ」
「よろしくお願いいたします。アイ様。最強のメイドさんです」
アイは、サーシャがすでにアイの名を把握していた事に驚いた。
そして、自分を最強ということをはばからないのにも驚いた。
「よろしく、サーシャさん」
「サーシャで構いません。さーにゃん、とか、さっちん、とかもかわいいのでいいと思います」
「その中だとサーシャになるかな……」
サーシャはあまりに無表情で言うので、アイには冗談かどうかいまいち分かりづらかった。
「サーシャにはアイの身の回りの世話と、ボディーガードを兼任してもらう。安心して、アイ。彼女ならすべてうまくやってくれるよ」
「ええ。私なら全てうまくやれます。よくわかっていますね、ご主人様も」
「相変わらず偉そうなメイドだな……」
「ソロン様に言われたくありません。この、飲んだくれ。他のメイドが怖がるから、宿舎に二度と来ないでください」
サーシャはソロンにめちゃくちゃ辛辣だった。
アイはこの先が更に不安になった。
「とにかく、歓迎するよ、アイ。君は今後のことを何も心配しなくていい。ひとまず、ゆっくりくつろいで、疲れをとってくれ」
キッシュはそう言うと、ソロンとともに部屋を去った。
「さて、皇女殿下」
「皇女……その呼び方やめて……」
サーシャはアイの事情をソロンから説明されたようだった。
すぐさまアイのことを姫君扱いする。
「ではお嬢様。まずはその汚い服を脱いで浴場で身体を流してください」
「浴場があるの?」
アイは少し喜んだ。
冒険者の間は、身体を拭いたり、水で流すにしても冷たい水のほうが多かった。
風呂に入れるなんて、屋敷にいたころ以来だ。
「ええ。無いわけないんですよね」
「そっか……」
第三王子の宮殿に、浴場がないわけがない。そう言われればその通りだった。
広大な宮殿の中を、アイはサーシャについて行った。
人は寝静まっており、アイはきょろきょろとその美しい建物、庭、意匠を見回す。
浴場に着いて、更衣室で服を脱ぐ。
アイは、この瞬間にまだ慣れることはなかった。
女性の体……
普段胸が揺れることやら、用を足すことやらは、繰り返すうちに意識しないようになっていったが、裸になってしばらく過ごすとなると、下を見ないように意識していた。
自分の身体をそういう目で見始めたら、終わりだ。
まともに生活できなくなってしまう。
そう考え、できるだけ意識しないようにしながら、前を向いて……
「って、何でいるんだよ」
「……?お背中を流すためですが?」
当然のように、スカートをたくし上げたサーシャは素っ裸のアイについてくる。
「うぅ……」
アイは自分すら見ない身体を、サーシャから隠しながら、浴場に入った。
浴場はアイの部屋よりも更に広く、泳げそうなプールほどの広さにお湯が溜まっていた。
「おぉ~……」
素直にアイは感動した。
その後、アイは身体をされるがままにサーシャに洗われた。
「うぐぐぐ……」
自分で洗うときよりも、触られることを意識してしまい、アイは必死で目を瞑って耐えた。
「あーあ、頑固な汚れですね。まるでドブネズミです。ほら、こうしてやる。まだか、こうか、えい」
抑揚のない声で、サーシャはごしごしと強く身体を洗った。
「ひぃ……も、もっとやさしく……っ……」
抗議の声は聞き入れられず、されるがままにアイは洗濯されてしまった。
そのあと、湯船につかると、血行がよくなっていくのがはっきりとわかった。
「ふぁぁぁー……溶ける……」
何十日かぶりの風呂に、アイは蕩けきって表情を緩ませた。
風呂に入ると、何もない空間でリラックスして、いろいろ頭を巡らすことになる。
冒険の日々は、戦って、疲れて、寝て、食べて、戦って、の繰り返しだった。
物思いにふける余裕なんて、ほとんどなかったのだ。
ネロは無事だろうか。
カラムはどうしてしまったのだろう。
父様、母様や、エスやマドレーヌは悲しんでいるだろうか。
「大丈夫かな……」
アイは口まで湯の中に沈ませる。
シードルたちは今頃どうしているかな。
次の依頼を受けて、明日は王都の大きな依頼に挑むのだろうか。
できることなら、一緒に旅を続けたかった。
ついこの前までシードルたちとにぎやかに過ごしていたことを思い出すと、アイの瞳には涙がにじみそうになった。
また、知らない人たちばかりのところではじめから過ごさないといけないのか。
「大丈夫ですよ、アイ様」
この先のことを不安がっていると思ったのか、サーシャはそう言った。
時折辛辣だが、優しい人のようだ。
「うん……迷惑かけるけど、よろしくね」
いろいろあった一日だった。
これからうまくいくといいのだが。
アイは、その日は風呂を終えると、綺麗な体でバスローブに着替え、深く眠った。




