37 解放
二人がアイを抑え込んでいるところに、ようやくビィフが到着する。
「今度はちゃんと解除する余裕がありそうだね」
ビィフが杖を構え、二人に攻め立てられているアイの方へ向け続ける。
「く、くそ……多勢に無勢だ……しかもあのガキ……まさか!」
ルカが気づいた時にはもう遅く、ビィフは既に、アイの催眠魔法を、完璧に解除していた。
「え?」
ついさっきまで正確にネロの斬撃を躱していたアイが、突然を動きを止めたので、ネロはぎりぎりのところでアイに向かう剣を収めた。
「あっ……ぶない……」
アイはしばし呆然と立ち尽くし、ネロを見て、エスを見て、そしてビィフを見た。
「あ……あっ……」
「うわぁぁぁあぁぁ!!!!」
アイは突然叫ぶと、その場にしゃがみ込んだ。
「アイ様?!」
ネロが急いでアイの傍にしゃがみ、背中をさする。
しかしアイはそのまま、叫び続ける。
一方その場を逃げ出そうとするルカに、ビィフは杖を向ける。
するとルカは空中にすごい勢いで浮き上がり、地面から数メートルのところに磔にされる。
ルカの手足はピンと伸び、全く身動きが取れなくなっていた。
「ぐっ……くそっ……!私の……私のアイだぞ……!」
「ふぅ……骨が折れました。不意打ちさえなければ、あなたなんて楽勝なんですよ。さて、けが人がいるんだったか……」
そんな頃、アイは、叫ぶのをやめ、小さな声で呟く。
「覚えてる……全部覚えてる……そうだ、グレイ……グレイが……」
アイは催眠状態にはあったものの、ルカの言う通り一部の脳の動きを制限されていただけで、自分がしたことの記憶や意識が無くなったわけではなかった。
それが解除されて、一気に今までため込んだ感情が爆発し、叫び声をあげたのだった。
そしてもちろん、自分がグレイに氷剣を放つ瞬間、その感触までも、全て鮮明に覚えているのだった。
アイは、よたよたと覚束ない足取りで、グレイの方へと駆け寄った。
入れ替わるように、ビィフがネロの下に、ルカを浮かせて連れてくる。
「この人を頼みます、ネロ」
「お、おぉ……いいだろう……」
アイにしたことを許せないネロは、地面にルカを組み伏せると、必要以上に強く締めあげた。
「ぐあぁぁぁッ」
「黙れ、変態野郎。この先はもっと痛いことになるぞ」
ビィフはそれを見届け、アイの方へと向かった。
アイは既にグレイの下にしゃがみ込み、その上体を起こして話しかけていた。
「グレイ……?ねぇグレイ!」
倒れていたグレイは、意識があったが、腹部からは大量に出血していて、死の間際のようだった。
「あ……アイ……さま……」
げほ、と咳き込んだグレイの口から、泡を吹いた血がべっとりと垂れてくる。
アイは白い洋服が血だらけになるのも気にせず、グレイを抱きかかえた。
「グレイ……!よかった生きてる……ごめん……大丈夫……?ごめん!」
「いいんです……僕の……せいだから……」
グレイは再び激しく咳込む。
「グレイ?グレイ、大丈夫?もういいから、喋らないで!」
そんな二人の方へ、ビィフが歩み寄ろうとするが、それを遮るように、エスが立ちふさがった。
「あなたは?」
「アイ様の使用人です。あなたは、もしかして、回復術が使える……そうですね?」
「ええ。そうです」
「ではそこを動かないでもらいたい」
グレイの罪を知っているエスは、この場でグレイが死んでもいいと思っていた。
むしろ、アイの為に少しでも時間稼ぎして、役立って死んだのなら、本望だろう。
「なるほど。アイさんの味方も一枚岩じゃないんですね……」
ビィフは苦い表情を浮かべる。
「ええ。少々、込み入った事情がございまして」
エスは、たった今グレイを見殺しにしようとしているというのに、一点の曇りもない笑顔で、そう言った。
グレイの傍にいたアイは、誰か助けを呼ぼうとする。
「待っててね、いますぐ、医者とか、病院とか……」
「ま゛っで……」
血痰の絡む喉から、必死でグレイは制止の言葉を絞り出す。
アイの腕を掴む力は、死にかけているとは思えないほど、強く、あざができそうなほどだった。
「痛ッ……。でも……」
「アイざ……ゲホッ……アイ様、どうか、聞いてください……」
何度も血を吐きながら、グレイは必死で喋ろうとする。
「ダメだよ、グレイ、もう喋らないで!」
血だらけになりながら、動転したアイは、必死でグレイを黙らせようとする。
「アイ様を……捕まえるために、眠らせたのは……僕なんだ……」
「え?」
グレイは罪を告白した。
「僕のつくった、毒だ……ごめんなさい」
「嘘だよね?何言ってるの?グレイがそんなことするわけないじゃん……もういいから、黙って」
「貴女を僕のものにする為に……協力しようと、あの女が……だから、これは、当然の罰だ……ぼくは……許されないことをした……」
再び激しくせき込む。
血は止まらない。
「も、もういいよ、黙って……それ以上喋らないで」
「アイさんが……生きててほんとに……よかった……」
「そうだ、指輪……グレイがくれた指輪のおかげで、助かったんだよ!そういうものだって、知ってたんだよね?だから、くれたんだよね?」
それを聞いたグレイは目に涙を浮かべて、そして、痛いくらいにアイの腕を握っていた手から力が抜けた。
アイが支えているグレイの身体からも、力が抜け、ぐったりとしてしまう。
「グレイ!起きて、目を開けて!」
アイは必死に呼びかけるが、答えは無い。
アイはなりふり構わず、叫ぶ。
ネロの方をみて、エス、ビィフを見て、叫んだ。
「誰か!ネロ!エス?助けて、グレイが死んじゃう……」
その様子を見て、今一度、ビィフはエスに問いかけた。
「いいんですね?今、行かないと、本当に取り返しがつかなくなりますよ」
エスは振り向かず、表情を変えずに思案する。
「ふむ……ごめんなさいはできたようだし……アイ様に記憶がある以上、グレイのこの死に方はアイ様にとって最悪の死に方ともいえるな……」
操られていたとはいえ、アイ自身が手にかけてしまったことを、アイは深く後悔するだろう。
その心情を思うと、エスもいたたまれない心地がした。
グレイは死ぬべきだが、アイの手を煩わせずに死ぬべきだ。
そう思ったエスは、ビィフに道を開けた。
「いいでしょう。とっとと治してあげてください」
エスは投げやりに、両手をやれやれと振りながら、そう言った。
ビィフは警戒しながらエスの横を通り過ぎ、泣き叫ぶアイを引きはがして、杖を傷口に当てる。
すると緑色の光が辺りを包み、グレイの傷を治して行った。
グレイは目を覚まさなかったが、苦しみに歪んでいたグレイの顔が、少しずつ安らかになった。
「ビィフ?しんじゃったの?」
「なぁんでですか!ちゃんと、治しましたよ。しばらくしたら、目が覚めるはずです」
すがるように尋ねるアイに、ビィフは心外だというふうに答えた。
「ありがとう……!!!!」
アイはビィフにぶつかるほど強く抱き着いた。
「うっ……苦しいですアイさん……」
そう言いながら、ビィフはまんざらでもない顔をしていた。
お読みいただいた方、誠にありがとうございます。
10万文字くらいまでは、推敲しながらですがハイペースで投下できるかと思います。
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