38 後処理
ネロは、うわ言を繰り返すルカを力強く押さえつけ続けていたが、さすがに待ちかねたのか、アイたちの方に声をかけた。
「こいつをどうする?」
ルカは正気を失ったように、ぶつぶつと呟いていた。
「私の人形……私の美しい人形が……また一からやり直さないと……もう少しだったのに……」
「拷問しましょう」
満面の笑みで、ナイフを手に持ち、エスが近づいた。
「ルカ……」
アイはビィフを離すと、ルカの方へと歩いた。
「お嬢様……?」
尋常ではないアイの様子に、エスでさえも戸惑った。
「エス、ダメだよ」
「お嬢様。まだ、洗脳が解けていないようですね」
エスはナイフを構えた。
「やめるんだ、二人とも」
言い合いを始めそうな二人の様子を見て、ネロはそう言って制止する。
ビィフもアイの後から駆け寄ってくる。
「アイさんの魔法それ自体は解けている。しかし、長時間の影響下で染みついた思考の癖は、脳に刻まれてしまうんです」
「意味が分からんぞ、どういうことだ?」
ネロがビィフに問いかける。
「ずっと同じことを考えさせ続けられたら、それを強制する力が無くなっても、癖でまた同じことを考え続けてしまうってことですよ。例えば術者への愛着とか、忠誠とか。そこまでは深層心理だから、魔法ではどうにもできない。人質が犯人に好意を抱き、かばってしまうようなものです」
「そんなんじゃない……私はまともだよ!」
自分のことを頭のおかしい人間のように言われたアイは、大声で叫んで否定した。
「ルカにされたことは覚えてる……」
アイはルカにされたことを思い出し、鳥肌が立った。
それら全てが、自分の実体験として、鮮明に思い出された。
「だけど……」
しかし、それと同時に、愛する人を失って、人形に執着するようになったルカの過去の話に、同情した感情も思い起こされた。
そして、気が付けば、アイは哀れむような目でルカを見ていた。
「私が話をするから……」
アイが近づくと、怯えたような目でルカはアイを見た。
「やめろ……感情を取り戻すんじゃない。人形だ……お前は私の人形だ!」
「ルカ。君が本当に愛していたのは、人形じゃなくて、亡くなってしまった、彼女の方でしょ?」
「違う!彼女は人形になったんだ!だから人形でなくてはダメなんだ!」
「君はそう言って、自分が彼女に謝れなかった過去を、正当化したいだけだろ」
「違う違う!……違う!」
「もういいんだルカ。君は悪くない……」
「あ……あぁあ……君は……君は本当に彼女なのか?君こそが生まれ変わりなのか?私を、赦してくれるのか?」
ルカは呆然とアイを見つめる。
「その子が人形になったなんて思うくらいなら、そう思ったほうがいい。その方が、ルカの癒しになるなら……」
「そうか……そうだったのか。良かった……君が生きていたなんて」
ルカは現実と妄想を混同しているかのようだった。
全く正常とは程遠いが、少し落ち着いていた。
アイはネロにもういいと言い、ルカを取り押さえるのをやめさせた。
ネロが戸惑いながらもルカを放したが、ルカはその場に座り込んだままだった。
「教えてくれる?どうしてあんな犯罪をさせたりしたのか……それは、ルカの意思じゃないって言ってたよね」
自分は冷静だ。
アイは自分に言い聞かせた。
ルカをなだめたのは、情報を聞き取るため。
愛着なんて抱いていない。
もしかしたら抱いているのかもしれないという不安を、必死で否定しながら、アイは自分を落ち着かせた。
「ああ……それは……」
ルカが声を上げようとした瞬間、突然青白い光が走り、空間に穴が現れた。
「空間転移魔法だ!」
ビィフの声に反応して、エスとネロが襲撃に備えて、構える。
そしてその穴から現れたのは、ミストだった。
「お前は……あの時の!」
ミストの姿を、カラムが交渉する場で遠くから見たことのあるネロが、声を上げた。
「ご機嫌麗しゅう!野郎ども!と……あぁ、紅一点」
ミストは仰々しくお辞儀をしてから、アイに目をやるとそう言った。
「むさ苦しいぞ?お前ら。よってたかって一人の女を……」
喋っているミストに、容赦なくエスが投げナイフを投擲するが、小さなワープホールが現れ、それを吸収していく。
そしてその穴は別の場所……ルカの目の前に繋がっており、ルカの腹部にエスが投げたナイフが突き刺さった。
「ぐあぁぁっ!!」
ルカの悲鳴が響く。
「ルカ!!」
アイがルカを支えながら、叫ぶ。
ミストが味方らしきルカを容赦なく攻撃したことをアイは驚いていた。
「話してる途中だろう?執事君。ホールが繋がった先が、お嬢様の眉間の前じゃなくてよかったなぁ。つまるところ、次はそうするということだが……」
ミストが一瞬にして、アイを人質にとったことを示唆すると、エスは警戒しながらも、攻撃を止めた。
「さて、今日ここに現れたのは、君達と大乱闘を繰り広げるためではない。彼を連れて帰ろうと思ってねぇ。予想通りに大失敗したルカ君」
「ミスト……」
「ルカ君はどうやらその目にふさわしくないようだ。でもその目は悪くない。だから回収してこいとさ」
「やめろ……これは私の……」
ミストがパチン、と指を慣らすと、ルカの周りを青い光が包んだ。
「よせ、アイ……私のアイが……」
「ルカ!!!」
アイは手を伸ばしたが、ルカは、ミストが”ホール”と呼んだ穴に吸い込まれて消えてしまった。
「心配するな。俺が責任をもって処理するからよぉ。お前らも嫌いだろう?あいつのこと」
「ルカをどこへやった!」
へらへらとするミストへアイが詰め寄る。
「はは、ご執心だな、悲劇のお嬢様。完全に巻き込まれ体質だが……これだけやればお前の生死はどっちでもいいらしい。まぁ、機会があったらまた会おう!」
アイがミストに触れるか触れないかのところで、ミストも同じように、空間転移をして、消え去った。
「ルカに口を割らせないために連れ去ったようですね。私に任せてもらえれば、すべて自供させられたのに……」
エスが残念そうに言った。
「追えないの?」
魔法で何とかできないのか、とビィフにアイが訪ねたが、ビィフは静かに首を横に振っただけだった。




