27 魔女の小屋
暗い地下通路の中に、青白いワープホールが出現し、少し辺りが照らされる。
そこからミストが飛び出し、地面に音もなく着地した。
「ふぅ~……ったく……あんの炎馬鹿は、動きが早すぎるっつうの……」
目の前で部下を燃やされたミストは、愚痴をこぼした。
「だが甘ちゃんだ。俺なら殺さず生け捕りにして、拷問するがね……へへ」
誰に言うでもなく、ミストはカラムをそう評価してみせた。
松明の光だけに照らされる、薄暗い廊下を進むと、ミストは目の前に現れた大きな扉を開けた。
短く赤い髪をした女性が、部屋の中央の執務机に座っている。
「報告」
女性は短く、そう一言口にした。
「アイとかいう貴族の娘を誘拐、殺して、平民の女ことマドレーヌを、カラムに返したぜ」
「そうか」
「不満そうだな?」
「お前は無駄話が長い癖に、報告が短い。必要な報告を省き、結果のみを伝える傾向がある」
「必要なのは結果だけじゃないのかぁ?」
「ところが結果が伴っていない。アイは生きているぞ、先ほど報告が入った」
「な、なんだと。そりゃ参った」
「お前の部下はそっちでも殺された。まさか小娘一人殺すことすらできないとはな」
「おいそんなひどいぜ!たった二人の俺の部下が、二人とも死んじまった!」
「胡散臭い演技はやめろ。私がつけた部下が気に入らないからと言って、わざと殺すな」
「いや、いつ死んでもいいとは思っているがよ。今回のは驚きだ。さすがにアイとかいう女も殺さず逃がしちまうってのは、姉御がつけた部下が無能すぎるんじゃないか?」
「ふむ……一理あるな。だが経緯がわからん。現場を見た者の話では、崩れた氷の橋と、貴様の部下だけが血だらけで倒れていたそうだ。調べろ。そして追い、殺せ」
「へぇへぇ。まだ帰ってきたばかりなんですがね。少しくつろいだら行きますよ」
やれやれ、とミストはわざとらしい仕草をしながら、部屋を去った。
「ふん、結社にも無能が増えたものだ」
女がそう言った頃には、既にミストは部屋の外へ出て行っており、静かな部屋にその言葉だけが響いた。
アイは森の中を、とぼとぼと歩いていた。
どれくらい歩いただろうか、少なくとも半日は歩いているが、森の外へはまだまだ通そうだった。
魔物を退けるだけの魔力はあるだろう。
しかし、血だらけの衣服で、食べ物もろくに口にしていない。
自分から立ち昇る血の匂いで、頭がくらくらする。
「あぁ……」
その場に座り込んだ時、近くで物音がした。
「だ、誰……」
アイは力なく声をあげたが、動物や魔物の可能性もあった。
「あ、えーっと……」
草影から、少年が姿を現した。
よかった、人間だ。
いい人とは限らないが、アイはそれでも少しほっとした。
「うわっ血だらけ……!!!」
アイを見つけて驚いた少年は、紺色のローブを着て、フードを被っていた。
ぼさぼさの茶色い髪と、優し気な緑色の目をした少年は、その手に独特な形の長い木の杖を持っていた。
「人……だ」
アイはそう言うと、世界がぐらぐらと揺れていることに気付いた。
いや、正確にはアイの瞳だけがぐらぐらと揺れており、多くのまばたきをしていた。
ほっとしたせいなのか、アイはそのまま気を失ってしまった。
次に目を覚ますと、アイは少年に背負われていた。
「わっ」
その不安定さに、アイは悲鳴を漏らした。
少年はアイより少し背丈が低かったにもかかわらず、アイを背負って一生懸命に歩いていた。
「目が覚めましたか?もうすぐ、ですからね。ほらあそこ」
少年が向かうほうに、木で建てられた小屋があった。
周りはうっそうとした森の中に、その家だけが綺麗さを保つように、ぽつんと建っている。
「あの、歩けます……」
アイは顔を真っ赤にしながら、少年の背から降りた。
こんな年の、しかも男だというのに小さな少年に背負われてきてしまった。
「ああ、ごめんなさい、女の人なのに、かってに背負われるのはいい気持ちはしないですよね……僕の魔法が上手ければ、それで運ぶことができたのですが……」
「い、いえ」
アイが少年の背中を見ると、アイの身体についた返り血で真っ赤になってしまっていた。
「こちらこそすみません」
アイがそう謝ると、少年は意外そうな顔をした後に、笑った。
「あはは、よかった。お姉さんが人殺しかもしれないとは思ったんですが……普通の人みたいで」
少年の立場からすれば、血だらけの人間が怪我もなく森をさまよっていたら、そう思うのも当然だろう。
「僕はビィフって言います。あそこの小屋で、魔法使いに弟子入りしているんですよ」
「私はアイと言います……」
「いえ、話は先生と一緒に聞きますよ。ほら、中へどうぞ」
促されて小屋に入ると、中は思ったよりも広く、食卓用のテーブルらしきものの上にも、色々な試験やフラスコのような器具が乱雑に置かれていた。
天井や壁のそこかしこに、ハーブのようなものが干され、部屋の照明としてランタンが不規則に宙に浮いていた。
突然慌ただしく、右奥の部屋の扉が開くと、ぴっちりとした黒いドレスを身に着けた、長い黒髪の女性が姿を現した。
「ビィフ~?戻ったのぉ?」
世界中でだれよりおっとりしていそうな声で、その女性は言った。
「わぁっ!なんで知らない人がいるのぉ?勝手に連れてきちゃだめじゃない!こらっ!」
全然怒っている感じのしない声で、女性はビィフに文句を言った。
「先生が外の様子を見てきなさいなんて言うから、てっきりこの人を連れてきてって意味かと思ったよ。この前も、塔で事件があったばかりだし……」
「あの、お邪魔します」
アイが控え目にそう挨拶をした。
すると先生と呼ばれた女性は、まじまじとアイを見つけると、ふわふわと飛んで、アイの方へと近づいてきた。
飛んでる!と思ったが、できるだけ驚かずに、アイは平常心を保った。
「あら……あなた。あべこべねぇ……」
「え?」
「先生落ち着いて。戸惑っていますよ。こちらはアイさん、こちらはモカ先生、魔法使いです」
モカと呼ばれた女性は、ビィフの紹介を気にも留めずに、しげしげとアイの方を見て、観察していた。
「あの……」
「貴女の中に、二人の魔力を感じる。半分半分が混ざって、ようやく一人分になっているみたい」
「二人……」
アイには心当たりがあった。
なぜなら、アイがこの世界にこの姿で転生したとき、それまでこの身体で生活してきた主体は、まるで追い出されたかのように、跡形もなくいなくなってしまっているのだから。
もしかしたら、この人なら何かわかるかもしれない、アイはそう思った。
「詳しく聞かせてください、その話……」
アイがそう言った瞬間……
「きゃあぁぁぁっ!!!」
モカが悲鳴を上げた。
「えっ?ど、どうしたんですか?」
「あなた、血だらけじゃない!どうしてそんなに血だらけなの?」
「今さら?!」
「ビィフぅ!!この人こわぁいぃ~~~~ちゃんと洗ってあげてぇ~~……」
モカはそう言うと、泣きながら自室へとふわふわ帰って行った。
そんなに怖いのに追い出さないのか……
アイが呆気に取られていると、ビィフが肩を叩いた。
「ああいっていることですし、まずは着替えましょうか」
そうしてアイは風呂を貸してもらい、モカの着替えを借りることができた。
風呂を沸かすのも魔法仕掛けになっており、アイは少し驚いた。
ここではなんでも魔法で動いている。
アイが使う魔法や、普段見てきた魔法とは、少し違っていた。




