28 捜索者
「失礼いたします」
ネロはカラムの執務室へと入室した。
「ああ。君か……」
カラムは、書類仕事をしていたが、ネロに気づくと顔を上げた。
カラムの顔色はあれ以来、相変わらず悪い。
よく寝られてもいないようだ。
「例の件、考えていただけましたでしょうか」
「ネロ。前にも言っただろう。アイの行先に全く見当もついていない中、紅蓮騎士団を動員して、大規模に捜索することはできないよ」
「しかし……こうしている間にも、アイ様にどんな危険が迫っているかわかったものではありません」
「それを君が言うのか?」
「はい……?」
「私が、何よりも誰よりも、そのことを考えていないとでも思ったか?」
「いえ……」
カラムこそが婚約者であり、カラムのために今回、アイは攫われ、殺されているかもしれないというのだ。
カラムが最も、そのことに気を病んでいる。ネロもそのことは理解していた。
しかし、ネロもアイを心配する気持ちでは、負けていなかった。
「騎士団長としての判断はわかります。しかし、カラム様として……。誰よりも探しに行きたいのでは?」
「ああ……。その通りだ。だが、騎士団長として優先すべきことは、ミストの意図、目的を明らかにして、ヤツを捕らえることだ……わかっているだろう」
「いえ、違います!何よりも大事なのは、死亡が確認できていないアイ様を保護することのはずです!そうすれば、アイツらを捕まえる手がかりにもなるでしょう」
「ネロ……」
カラムは、ネロがここまでアイに入れ込むとは思っていなかった。
ネロは真面目で、誠実な団員だ。本来、団長に反対意見を述べるようなタイプでもない。
その彼がここまで言っている。
そのことが、カラムの心を動かした。
「ネロ、君の言うことはわかる。しかし、騎士団全ては無理だ」
「というと……」
「君が動くんだ。本当は私が、飛び出していきたいところだけどね」
カラムはそう言って、寂しげに笑った。
「よろしいのですか?」
「君に暇を出す。その間、君が動いたことは、騎士団員としての行動ではない。だから、私も一切邪魔はしない」
騎士団員の任務として、勝手にネロが動いたなら、それは問題となってしまう。
しかし、休みの間にネロが動いたところで、それは彼の”プライベート”な行動に他ならない。
「ありがとうございます。必ずや」
ネロは直ぐにカラムの言うことを理解した。
簡単に言えば、カラムの言っていることは、ネロだけが自由に動くことを許可するということだ。
それをこういう言い方しかできないのは、カラムの真面目な性格故だったが、ネロはかえってカラムのそういうところを尊敬していた。
暇を出されてすぐ、ネロはアイたちが乗っていた馬車が襲撃された現場に向かった。
馬車はそのままに放置されており、激戦の跡だけが生生しく残っている。
ネロは、少しでも手掛かりがないかと、戦場となった馬車の周りを探す。
それにしても、数人を相手取り、令嬢一人でここまで戦うとは。
ネロが見ただけでも、明らかに、何人もの敵が、アイによって倒された形跡が見て取れた。
それは馬車から円形に広がる、いくつもの地面がえぐれたあとや、人が倒れこんでもがいたような跡からも明白だ。
「アイ様……」
それほどまでに強いアイが、何故敗北し、連れ去られなければならなかったのか。
きっと非道な手段を使ったに違いない。
馬車の周りを何時間も探してまわったが、ネロは成果を得られなかった。
「何か……何かないのか……」
カラムが無理をしてまで作ってくれた機会だ。
何も上手くいかなかったでは済まされない。
必ずアイの居場所を見つけなければ。
ネロの意気にもかかわらず、非情にも手掛かりは見つからない。
ネロは暗くなってきたこともあり、今日のところは移動することにした。
もう一か所、調べていないところがあった。
それは、カラムが交渉に向かった、廃村だ。
廃村にたどり着いたネロは、松明を手に暗闇の中、手がかりを探した。
もう十分に、隅々まで、騎士団員たちが調査した、廃村だ。
これ以上探すというなら、村をひっくり返すほど徹底的にやらなければならない。
マドレーヌが拉致されていた廃屋を探し、カラムとミストが戦った広場を探し、他の民家を隅々まで探した。
しかし、ミスト達はここに長居はしなかったようだし、アイはそもそもここへ一度も来ていないのかもしれない。
手掛かりは見つからないまま、夜が更け、更に朝が近づき、辺りは明るくなってきた。
「夜明けか……」
ネロは呟いた。
「明るいのならかえって都合がいい……」
ネロはもう一度、一から探すつもりだった。
徹底的に。
彼はアイに惹かれていたが、アイがカラムの婚約者であることを知っていたし、理性で抑え込んでいた。
しかしこんな状況になってみると、記憶の中のアイは神格化でもされたように、彼を惹き付けてやまなかった。
「絶対に見つけてやる……」
ネロはそれなりの身分だったが、気にもせず、地を這うほどに背を低くして、噴水広場近くの、地面の痕跡を探した。
「む……?」
低い朝日に照らされ、また、ネロも姿勢を低くしていたこともあり、微かに光る物体が、崩れた噴水の瓦礫の下に見えた。
「何だ?」
ネロが力いっぱいに瓦礫をどかし、位置を見失わないようにしながら何枚かの思い石をどかしたとき、ようやくその正体が分かった。
ネロがそれを拾い上げる。
それは、釦だった。
黒い煤に覆われているところを見ると、衣服それ自体は燃え尽きてしまったかのようだが、釦は溶けながらも何とか形を保っている
ネロがふーっと息を吹き、すすを払うと、そこに文様が浮かび上がってきた。
ボタンに記された小さな文様は、羽根の生えた獣だ。その尾は竜のように長く、かつて禁術によって生み出されたと噂される、合成獣、キメラだった。
おそらくそれは、カラムに焼き殺されて黒焦げになった男が、もがき苦しむ最中、引きちぎってしまったものだろう。
ネロは、それを持ち、ある場所へと向かった。




