25 協力の終わり
馬車に揺られながら、グレイとエスは村に向かった。
「グレイ様……」
エスの問いかけに、グレイは答えない。
「思いつめていらっしゃるのはわかります。私もアイ様の面倒をずっと見てきたのです」
「ああ」
「どんな手を使ってでも、必ず見つけ出し、それだけでなく、こんなことを引き起こした人間を全て、根絶やしにするつもりです」
「……そうか」
ただの使用人にしては、執念のこもったエスの言い方に、少し違和感を覚えたが、グレイは聞き流した。
するとエスは話を続けた。
「それだけに、情報は重要です……ところで……グレイ様はなぜ、アイ様のことを聞いた途端、マドレーヌに会うと?それと、もう一つ。お嬢様が攫われたあの日、グレイ様は突然買い物に行くと飛び出して、たまたま、屋敷にいなかった。何を買っていたんでしょう?」
グレイは一瞬戸惑った。
エスがそこまで強気に口を聞いて、疑いを向けてくるとは思わなかったのだ。
「持ちかけられたんだ。提案を」
「提案、ですか」
「カラムとマドレーヌが結婚すれば、アイさんは……僕にもチャンスができると……」
「なるほど。いかにも平民の薄汚い女が考えそうな思い上がりだ」
あまりに屈託のない笑顔で、エスがそう言ったので、グレイは一瞬、聞き間違いかと思った。
普段知っているエスの、忠実な執事の姿とは、まるで違った。
エスは、既に理性が飛びかけていた。
いずれ誰からでも奪って見せると思っていた、愛するアイが、行方不明になったのだ。
「あの日、屋敷にいなかったのは偶然としか言えない……」
「ああ、いえ、グレイさんを疑っているわけではありません。なぜマドレーヌに会いに行くのかわかって、私はようやくすっきりとしました」
そのエスのすっきりとした顔とは逆に、グレイはエスに最大限の警戒をしていた。
グレイは村に着くと、エスに教えられた、回復術士の住む家を訪ねた。
エスは言葉通り、村の前に停めた馬車の中で待っている。
村の前に騎士団員が見張っていたが、エスがアイの屋敷から来たと伝えると、入村を断るどころか、彼らは不甲斐なさを謝罪した。
グレイがマドレーヌの家の扉をノックすると、マドレーヌが顔を出した。
「……!グレイ……違うの。これは……とにかく入って」
マドレーヌはグレイを中へと招き入れた。
机とベッドのある、診療室にグレイは通された。
「どういうつもりだ、マドレーヌ。君はアイをどこへやったんだ?!」
「落ち着いて、怖いわグレイ。冷静に話しましょう?」
「冷静だと?馬鹿にしてるのか!」
「ダメよ、お父様に聞こえるわ」
「クソ……アイはどこなんだ」
「アイさんは生きています。まだ計画の途中なの。だからこうやって訪ねたりして、水を差す真似はやめて」
「ふざけるな。アイは無事に、すぐ帰って来るはずだった。君がカラムに選ばれた後に。違うか?そういう計画だったから僕は、君の仲間とは別で動き、アイとミルフィーユを眠らせた!」
「ええ、だから順調なの!聞いてないだろうけど、私はちゃんと選ばれた!アイさんは生きてる!何に怒ってるの?」
「生きてる確証がない!カラムはアイが既に殺されたと聞いたそうじゃないか」
「それはそう言っただけでしょう。その方が都合がいいからです。少し時間を置いた方がいい。でしょう?アイさんがいないうちに、事が進めば、戻ってきた時に、全て終わっていて、あなたは確実にアイさんと仲良くできる」
「それまで会わずに過ごせというのか?何年だ?馬鹿げてる。いますぐ居場所を教えろ。僕が迎えに行く」
グレイは理性を失いマドレーヌの胸倉をつかみ、問い詰めた。
いつもの紳士的な少年の姿は、そこには無かった。
「わかった、わかったから。落ち着いて。アイさんが運ばれたのは、旧教団が建てた、寺院の塔です……自由都市国家連合の南の森林地帯の……」
「本当だな。嘘だったら君を窒息させて殺す」
「ねぇ、私たち協力者でしょ?どうしてそう、脅すようなこと言うの」
「お前が裏切ったからだ」
グレイはそう吐き捨てると、マドレーヌの家を出た。
マドレーヌの家の屋根の上に、人影が一つあった。
そういう普段人の目に留まらない闇で動くことは、実は彼の得意分野だった。
執事服のエスは、しかし服を少しも汚すことが無く、グレイたちの会話をまるまる盗み聞いた。
「なるほど。今すぐ殺すべきかあるいは……いや、お嬢様の無事が確認できてからだな」
エスが殺そうと思えばいつでも、マドレーヌとグレイを殺すことは容易い。
ならば情報が仕入れられる今の間に殺すのは惜しい。
エスはそう判断した。
そして、エスがすぐにそこを離れなかったのには理由がある。
「はぁ。面倒だなぁ。誰を仕向けよう……いや、それよりも……」
マドレーヌはそこで口をつぐんだ。
いつだって標的は、今まで饒舌に誰かと喋った後、独りになった瞬間に、独り言を喋りがちだ。
まるで唯一の信頼できる共犯者である、自分自身に語り掛けるかのように、独り言を言う。
エスはそれを知っていたから、マドレーヌの最後の一言を聞くことができた。
エスは、グレイに怪しまれてはならないので、民家の屋根を渡り、急いで馬車へと戻った。
マドレーヌが言ったことが本当であれ嘘であれ、恐らくだれか刺客を送り、グレイを始末するつもりだろう。
さて、次の一手をどうするか。
少なくともアイは生きているが、危険な状況という話だ。
ひとまずグレイには、刺客にやられて死んでもらえばそれでいいだろう。
「おかえりなさい、どうでした?」
グレイより後に動き始めたにも関わらず、素早く馬車に戻ったエスは、馬車の中から笑顔でグレイを出迎えた。
「自由都市国家連合の、南へ行く」
「何か情報があったんですね。時間がかかりますが、このまま行くのですか?」
「……頼めるか」
「……いいでしょう。お嬢様にかかわるヒントがあるというのなら」
それも一つの選択か。
そう思い、エスはグレイと共に、そのまま旧教団の塔へ向かうことにした。




