第九話 この日を境に私は仲間になりました
最早言い訳出来ない程の大遅刻。うふふ、締切なんてそんな物は無いのよ…… 嘘ですごめんなさい
愛はマリアがお客様に何をしでかすか分からないので冷や冷やしているが、私の方はマリアが持ってきた昼食を食べて何だかんだで寛いでいた。
それから数分後もすると、その寛げる優雅な時間も終わりを迎えたけどね。
何故なら、カウンターの奥から愛がMasterと呼ぶ例の老齢な男がようやく現れたからだ。
「やぁ、私の作ったサンドウィッチと真心を込めて淹れた珈琲はいかがだったかな?」
「中々美味しかったわ」
「感想が淡白過ぎて私辛い」
彼はそう言う割に表情はにこやかなのだから、私の感想はきっと気にも留めていないのだろう。ありがたい。
「さて、早速ですまないが、君には私達の仲間になってもらおうと思っている」
「餌では無くて?」
「おや、聞こえてたのかい?」
「それはもうこの耳にバッチリとね、それに今しがた思いっきり餌の役割をしていたし」
私が答えると、彼はふむふむっと頷き、それから少し間を置いて口を開いた。
「君も見ただろうが、あの化物。通称『ディスペアー』が最近になって活動が頻繁になってね。我々だけではどうしても化物不足なのだよ。正直人間の手を借りる程にね」
「ディスペアー、中々恰好良い響きね、意味は絶望だけど」
「そうそう、その絶望が増えてきてるからね、一緒に戦って欲しいわけじゃ」
「戦うと言っても運動能力ゼロ、剣道とかのスキルが全く皆無な私に何が出来るわけ?」
私は両手を上げて、降参のポーズを取る。
すると、彼は「フフフ」っと何やら意味のありそうな笑いをし、答えた。
「その点は心配ないさね、剣の扱いは他の誰かに教授して頂いてもらうとして、これさえあれば無問題だよ」
彼はそう自信ありげに答えると、私の手に何か冷たい金属のようなものを乗せた。
ハートの形をした、美しい赤色をした小さなルビーに、鎖が繋がっている。何とも可愛らしいネックレスだ。
「中々お主に似合うだろうし、これ自体に強い術が入っておるのでな。是非真奈にくれてやろう」
「術というのは…… どう使うのよ」
「取り敢えず現れろっと呟くと術が発動するようになっておる。あ、ちなみに注意点じゃが、そのアクセサリーを付けている時は常時その現れろっという単語だけで、発動してしまうから注意しなさい」
「現れろ?」
「復唱やめなさr」
私がお爺さんの言う通りに、呟いたその瞬間。私の真後ろからズブズブズブっという、まるで肉をじわじわ刃物で貫いているような音がし、振り返る。
振り返ったその真下に、魔方陣…… 円形の幾何学模様が紫と赤色で発光されながら現れ、そこからベシャッ、ベシャッっという音を立てながら、何かがゆっくりと姿を現した。
「うわ…… 何これ……?」
「やだ可愛い」
「真奈の感性絶対おかしい……」
私は素直な感想が口から洩れただけなのに、何とも愛から失敬な事を言われた。
実際に可愛いものは可愛いのだから仕方ない。
私の目の前に現れたのはキュートな姿をした三匹の犬。それぞれ、生皮が剥け、目玉がドロリっと溶けかかっており、今にも地面に落ちそうなほど、眼窩から出ている。腹は何かに裂かれたような傷があり、腸や内臓などが垂れてしまっていた。
口には大きな牙が無数に光っており、常に彼らは涎を垂らしながらその牙を濡らし、光らせている。
きっと、今すぐにでも喰らえる活きの良い獲物を求めているのだろう
「何て素敵なペットが出来たのかしら、これは今まで一番嬉しいプレゼントかも♪ ありがとう、お爺さん♪」
「貴女に喜んで貰えて恐悦至極の極み。では、仲間になってもらえるね?」
「それはもう、こんな素敵な物が貰えるなら、お望み通り貴方の命令に従ってあげるわ」
私が頬を少し上気させながら答えると、愛が隣でボソッと「ちょろい」と言った。
失敬な、合っているけど。
私は久々に真理以来の恋をしたかもしれない、この魔犬を呼ぶペンダントに。
「多分違うと思いますが」
「人の心を読むなんて凄いわね」
私が心の中でペンダントラブを呟いた瞬間にマリアが鋭い突っ込みを入れた。
私は彼女が他にも特殊な技を持っていた事に素直に驚く。
しかし、よくよく考えればマリアは死神って名乗ってたわね。あ、だから武器が大鎌なのね。鋸みたいなギザギザが付いてたけど。
そんなこんなで数時間後。
色々一通り化物狩りの説明を受け、ついでにこの喫茶店で働く時の接客マナー、メニューや料理、仕事内容等々の講座を教わった。私は明日から朝からこの喫茶店で本格的に働く事になりそうだ。
「ごめんね真奈、何だか強引な形でこんな事になって」
「何で謝るの?」
「真奈は…… 本当は嫌じゃないの? こんな化け物だらけな場所にずっと居るなんて。しかも、死ぬ可能性だってあるんだよ?」
「死ぬつもりは毛頭無いわ。だって、この世界に来てからワクワクしっぱなしなんだから私は…… 可愛い相方とペットも出来たから♪」
「相方って誰?」
「勿論、貴女の事よ。貴女がこの世界に来た先輩なんだから、これから行動を一緒にするパートナーであり後輩の私をリードしてよね♪」
私が冗談混じりに片目をウインクさせながら先輩に向かってふてぶてしい以外何者でも無いような事を言うと、彼女は満更じゃなさそうに
「せ、先輩……かぁ…… ふふっ…… う、うん! 分かった!」
っと照れた笑顔で答える。
その時に彼女のふわっと舞い上がった銀髪を眺め、それから彼女の血のような赤い瞳を見て私は一瞬だけ美しいと思ったのだった。