恋人の正体
美里と尚が付き合うようになって、幾つもの歳月が流れた。
尚は父親の会社に入社すると、今までの怠惰で反抗的だった自分とは全く真逆の真面目で一本気な男になった。
彼の父親も息子の変わりように目を細めていた。
夕食になると高校生だった頃の尚は宮田達とツルんで街へと繰り出していたが、社会人となった彼は家族との会話を心から楽しむようになった。
「尚がこんなに変わってくれるとはね。父さんも長生きしてみるもんだ」
柄にもなく父親がそんな事を言って来る。
「な、何だよ。ただ家族として当然の事をしているだけだろうが…それに…父さん…母さん…オレ…二人に紹介したい人がいるんだ」
尚の言葉に二人は顔を見合わせた。
「尚がそこまで言うんだ。私も尚を変えた女性に会ってみたい。今度の週末で良いなら彼女を連れて来なさい」
「ほ、本当か?父さん、ありがとう」
自分の部屋に戻った尚はすぐさま美里にメールした。
《本当? 嬉しい》
美里の返事がすぐに返って来た。
週末までが楽しみだと尚は勢力的に仕事をこなして行った。
そんな尚を複雑な心境で見守っていた岩崎は尚に「彼女をご両親に紹介するのは止めた方がよろしいのでは…」と進言して来た。
週末に美里との待ち合わせのカフェで美里を待っていた尚は、しきりに腕時計を見ている。
いつもは時間に細かい美里が遅刻。
何だか胸騒ぎがする。
美里の両親に電話をすると美里は一時間も前に家を出たと言う。
岩崎にはここで自分の代わりに待っているように言うと尚は店を飛び出した。
美里が寄りやすい場所に行くが、何処にもいない。
焦る尚。
彼の心とは裏腹に軽快な着メロが流れる。
「もしもし…? 」
《やあ、尚。久しぶりだな》
「お前…宮田か。何で美里の携帯からかけてる?」
《分らないかな〜? 今さ〜お前の可愛い彼女、美里ちゃんだっけ?一緒にいるのさ。彼女目が見えないんだな〜。その原因がお前だったと分ったら、どうなるかな?》
携帯電話から流れる言葉の羅列に、尚の足は地面に縫い付けられるように立ち止まった。
「や、やめてくれ…たのむ…」
《フッ。ならオレが言う場所に今から一人で来い。場所は…》
一方的に切られた電話に舌打をしながらも、尚は岩崎に連絡を入れる。
「岩崎!美里が宮田に攫われた。場所は××倉庫だ。だが、あの狡賢い男の事だ。美里を別の場所に連れて行っている可能性が高い。警備の者に伝えて、美里のピアスの発信源を追えと伝えろ。いいか!美里には指一本触れさせるな!」
《坊っちゃまはどちらへ?》
「宮田と会って来るさ」
《アレは付けておいでですか?ご武運を祈っています》
「ああ。サンキュー。絶ってー美里だけは死守してやる」
そう言った後尚は宮田との待ち合わせ場所に走って行った。
倉庫に着いた尚は肩で息をしながら目の前でニヤニヤと笑っている宮田を睨んだ。
「美里を返せ!」
「それはどうかな? 彼女に聞いてみなよ」
「どう言う事だ?!」
「言葉の通りさ」
尚の声を聞いているのに、美里は動こうとはしない。
「宮田…お前、美里に何をした!」
洋服もどこも破られていないのを見て、ホッとしたが自分が美里の名を呼んでも、美里は笑顔すら見せてくれない。
一体どうしたんだ?
「何もしやしねーよ。ただな、昔話をしてやっただけだ。この女の目を見えなくしたのは、尚、お前のせい…」
宮田が言い終わる前に尚の拳が宮田を殴っていた。
美里の肩に手を置いた尚に、美里は肩をびくつかせるとボロボロと大粒の涙を流した。
「尚くん…ウソだよね? 尚くんが…私の目を見えなくした人だって…ウソだよね?」
「…本当だ…。オレが吸っていた煙草の火種がお前の目に入った…すまない美里…」
美里を抱きしめようとする尚の手を美里が払いのけるとゆっくりと立ち上がった。
「一人にして…もう私と会わないで」
「み、美里? オレはお前の事を愛しているんだ」
「違うよ尚くん。それは同情なんだよ」
悲しそうに顔をくしゃりと歪ませる美里は岩崎の靴音を聞き分けると、岩崎に声をかけて出て行った。
美里に残されたオレは叫び声を上げた。
「尚、オレが味わった苦しみをお前も味わえば良いんだよ」
その後の尚は手がつけられないほど荒れた。
ただ、仕事だけはきっちりとこなしていた。
尚の両親も声をかけたが、尚は何も答えない。
「美里…」
心配した両親は尚を入院させた。
お前が望むならオレは何だって捨ててやるよ。
そう呟くと尚は屋上から身を投げた。
目をあけた尚の前には涙で濡れた目で自分を見ている両親がいた。
「オレは…美里のために何も出来ないのか…」
尚の手の中には携帯が握りしめられてた。
その携帯電話は、美里との通信のために契約したものだ。
尚は岩崎の名前で美里とはメル友になっていた。
面として自分に言えない事を岩崎と言う名を使ってなら、彼女も言えるのでは…と思い出したのだ。
いつものように岩崎の名前で美里の悩みを聞いていた。
これまで美里は尚との仲をどうしたら良いのか分らないと言って来た。
その度に尚は焦らず友達からならって言ってみれば良いとアドバイスして来た。
美里に会えない中、珍しく美里からこの携帯にメールが送られてきた。
自分の目を見えなくした人が恋人だと知って、裏切られた思いだと綴られていた。
《美里さんはその男にどうしてほしい?》
《目の前からいなくなってくれたら…死んでしまえって》
だから、迷わず尚は窓から飛び降りた。
美里はその頃、尚が入院している病院に来ていた。
相変わらず見えない目を丹念に調べてもらっている。
「リハビリはどう?」
担当医に言われ、美里はやる気がないと言い出した。
「何でか聞いていいかな?」
「信じていた彼に裏切られたんです」
それを聞いた医師は眉をひそめた。
どうやら美里は真実を知ってしまったらしいな。
「美里ちゃん、君が裏切られたって思ってしまうほど、君はその彼の事を好きだったんじゃないのかな?」
医師の言葉に美里の肩が震える。
(やっぱりそうだったか)
「外まで送るよ」
医師に病院の外まで送られた美里はタクシーに乗り込むと去って行った。
仕事に戻ろうとした医師の目の前をストレッチャーで運ばれて行く血まみれの男の姿が横切った。
高柳美里の想い人である日高 尚だ。
看護士達の話に寄れば、尚は屋上から飛び降りたと言っている。
ストレッチャーで運ばれて行く尚に付き添いながらも、医師は尚の瞳孔をチェックした。
まだ意識がある。
痛みに顔を歪めながらも、目は自分の顔を見つめ返す尚に馬鹿野郎と一言零すと、ヤツは口元に笑いを浮かべた。
「死ねなかった…」
「お前…何やってんだよ…」
「なあ、先生…美里の願いさえも聞けないなんてな…」
それを聞いた医師はすぐに美里を病院に呼び戻した。
タクシーに乗っていた美里は、運転手に病院に戻るように言うと、今来た道を引き返した。
病院についた美里は医師と岩崎に連れられて、尚の病室にやって来た。
麻酔で眠らされているのか尚は目を開けない。
「どうして…飛び降りなんて…」
美里の言葉に岩崎が尚の携帯電話を開くと受信メールを読んで聞かせた。
「だからって…」
「彼の服の中から自分が死んだ場合、角膜を君に提供する事を書いた遺書がみつかった」
美里は信じられない思いで岩崎と医師から尚の事を聞いた。
彼がドラッグを止めた事も。
行かなくなった高校にもう一度通うようになった事も。
全ては美里を守るためだと聞かされて、美里は泣き出した。
大学を卒業した彼が今は父親の会社で働いている事も。
自分の罪を美里の両親に謝罪していた事も。
何で美里の両親が尚と付き合うのに何も言わなかったのかは、尚が毎日のように美里の両親に会い、何度も謝っていたからだ。
「尚は不器用なやつでね。相手のためなら自分の命さえ投げ出そうとするやつなんだよ」
「尚くん…ごめんなさい…本当は許したかったのに…騙されてたんだって思っちゃったからあんなことを…ごめんなさい」
尚は暫くの間、入院を余儀なくされた。
仕事人間だった彼に取って、この入院は丁度良い有休消化となった。
彼は入社して一度も有休を使っていなかったから、有休が溜まりたまっていた。
尚の病室にはいつも美里がいる。
今日も美里が尚の世話を焼いている。




