取り返しのつかない事
麻薬が出てきますが、未成年の使用を助長しているわけではありませんので、あしからず。
「く〜! さすがにあのひょろ先輩が育てたポットだ。ヤッパ100%(ナチュラル)ハイにナレルゼ!」
紫煙を鼻から出したオレは、嬉しそうに声を上げた。
「お前、昨日の夜会とは大違いだな」
夜会。
オレ達四人はただの幼なじみじゃない。親同士も横の繋がりで繋がっている。
人間、上辺だけで騙される奴らが五万といるってことだ。
まあ、このタバコの製造者もそんなもんだな。
科学部のひょろ先輩こと、兵藤篤を脅してマリファナを育てさせた。
この兵藤 篤はオレの親父が持っている会社の一つを任されている雇われ社長の息子だな。
頭が良いからってだけで、オレの家庭教師にと選ばれたのが運の尽き。
一度オレの勉強を見てて、見かけよりもオレが相当出来るのが分かった兵藤は家庭教師を降りるとか抜かしやがった。
自分が親父さんの会社の金を盗んだことを知ったオレは、コイツに簡単に金が出来る方法を伝授することで、傀儡の家庭教師をそのまま続けさせることにしたんだ。
使えるカードほど、たくさんあれば苦労しないだろ?
この時のオレは周りの人間が自分の思うままに動くのが当たり前だと思っていた。
いつもオレとつるんでいるコイツラだって同じだ。
今はこうやってつるんでいるが、所詮大人が決めた遊び相手。
裏で巨額の金が動いていることぐらい、オレだって分かっている。
社交界で四人で行けば、誰もが振り向く容姿と名前。
表では弱者に手を差し伸べる紳士を演じている。親もそれを望んでいるからな。親の理想の息子を上流階級のやつらに見せているだけだ。真面目にやっていれば疲れるのは当たり前。だからこそ学校生活では思い切り羽を伸ばして遊ばせてもらうさ。
上手く巻けている手製のタバコを見て、笑いが出て来た。
まあ、これを使って商売をしようなんてことは考えてないから、掴まるわけないだろう。
オレの声掛け一つで動く兵隊
ダチ
だ。
この日のオレの気分は純度100%のタバコ(マリファナ)を手に入れて浮かれてた。
オレ達4人は、狂ったように笑いながら通りを抜けると都内でも一際大きな公園で紫煙を立ち登らせた。
パチスロに行こうぜと言っていたが、ラリっててそれどころじゃねぇ。
折角オレ達が大人しく高校入学を記念して楽しんでいただけで、何でサツなんて呼ぶんだよ。
ちっ!
オレの機嫌は一気に下降していった。
仲間とはチリジリに別れると、オレは追いかけていたサツを撒いた。
軽いもんだぜ。
タバコをもう1本口に咥えて火を付けると思い切り煙を吸い込んだ。
息も切れ切れだったのが落ち着いて来る。
さっき別れたばかりの宮田が草むらから出て来た。
互いに抱きしめ合うと自分達の無事を嬉しがった。
「宮田もサツ撒いたのか。やるな!」
「尚もな!」
オレ達は笑いながら公園の中の小道を歩いていた。
オレは可笑しくて笑いながら、サツを撒いた時のことを身振り手振りで大げさに喋り続けた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
絹を切り裂くような悲鳴が辺りにこだまする。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。両手で顔を覆いしゃがみ込む少女が熱い熱いと気でも狂ったかのように叫び出す。
オレの手には火種が消えたタバコ(マリファナ)が。
オレはその瞬間 自分のしでかした事の大きさに怖くなって。
逃げ出す事も出来なかった。
騒ぎを聞きつけた巡回中のサツ達が周りにいた事も。
宮田がすでにヤツらに捕まっていた事も。
この時のオレは兵隊だと思ってたあいつらから裏切られていた事も。
知る由も無かった。
サツ押さえつけられたオレは、そのままパトカーに乗せられた。
パトカーの中には、兵藤がいた。
兵藤はオレ達の顔を見るなり指差すと、マリファナを彼奴らに脅されて育てたと言いやがった。
「何だと! お前の親父が会社の金を使い込んだから、短い期間で簡単に金が手に入るバイトを教えろと言ったのは、兵藤! お前だろうが!」
美潮の言葉にしまったと言う顔をした兵藤は、サツに両脇を抱えられると連行される宇宙人
エイリアン
のようにサツに両脇を抱えられると別の車両に乗せられた。
オレ達はそのまま検査をするために警察病院に連れて行かれた。
他の3人が騒いでいる中、オレは1人頭を抱えていた。
まだあの少女の悲鳴がオレの頭からこびり付いて離れない。
オレは何てことをしてしまったんだ。
警察病院にオレの両親の秘書が現れると、小切手を彼らに手渡してオレはいつものごとく無罪放免になった。
もちろん、オレの兵隊も一緒に。
宮田や阿部、美潮はオレの顔を伺っていたが、警察から少女の怪我の原因が尚の煙草の火種だと聞くと、あからさまにほっとした表情を見せた。
(なんだよ…自分じゃなかったから、良かったって顔すんなよな)
執事からは嫌みのように、甘い砂糖菓子に集る蟻のようですねと言われる始末。
この執事は、日高財閥で顧問弁護士をしている岩崎 優。
彼は、いつもオレが今までやっていた悪戯の後始末をしていた。
冷静な岩崎も今回、オレが取り返しのつかない事をやったと聞いて、すぐに相手に会いに行ったと言っていた。
「岩崎…、ごめん…」
硬い折りたたみ椅子に座っていた俺は、項垂れると岩崎に謝った。
いつもだったら、岩崎は「旦那様には上手く説明しておきます」の言葉をかけてくれる。
だけど、今日は違った。
「尚様…あなたと言う方は…。私はこの執事の職を辞しようと決めました」
「岩崎!何で?!」
「尚様、私は今まで旦那様達がお忙しく、人に甘える事を知らなかった尚様が不憫だったからこそ、今までの尚様の悪戯を咎める事などしませんでした。ですが、今回の事は、事が事なだけに私は責任を取って今日限りで、尚様の執事を辞します。尚様。長い間お世話になりました。どうか、お体にお気をつけ下さいませ」
うそだろ…?
いつもオレが一人じゃなかったのは、岩崎が側にいてくれたからなのに。
何で、岩崎が止めなきゃならないんだよ。
「何でだよ…何で、岩崎が辞めるんだよ」
オレは今日一日で、兵隊も岩崎も失ってしまった。
広い屋敷の中には、ガランとしている。
夕方過ぎには、使用人も帰宅する。
誰もいない屋敷…。
そうだった。
岩崎が来るまでは、この家はいつもこんな感じだった。
『尚様』
『尚様。いけませんよ』
『尚様 きちんと食べて下さい』
いつも岩崎はオレに対して笑顔で接してくれてた。
今日の岩崎は、見た事も無いくらい冷たい感じ。
あれが、本当の岩崎なんだろうか。
膝を抱えたオレはリビングのソファーの上でいつの間にか寝ていた。
大きな物音がすると、オレの襟首を掴んだ誰かがオレをソファーから引きずり下ろした。
「何しやがる!」
次の瞬間、オレの目から火花が散った。
大理石の床に踞るオレに親父は拳を振るわせてた。
今まで親父に殴られた事なんてなかった。
憎しみを込めて睨めば、親父の頬を伝う物を見て驚いた。
はじめて見た。
親父の涙を。
オレが泣かせたのか。
親父の隣では、母親がボロボロ泣いていやがる。
いつも勝ち気でオレとタメはれるくらいに、強気な母親が化粧がとれるのも構わずに泣いてやがる。
「ババア…泣くなよ…」
「尚ちゃん…あんたはあの女の子の光を完全に奪ったのよ」
日本語を喋っているはずなのに、オレには母親が何を言っているのか分からなかった。




