9
拙生さんは俺を見ると、にこにこと紹介してくれた。
「稲葉だ」
「稲葉です! よろしくお願いします!!」
俺にむかって、勢いよく直角にお辞儀をしてくる。いやいやいや!! 大の大人が中学生に頭を下げるの、俺はそういうの嫌だ!!
「やめてください! 気にしませんって……」
「甘やかしちゃ駄目だぞー。こいつ、今の人の世俗に慣れようとしている最中だからな」
と、拙生さんに言われ……って、人の世俗?
拙生さんを見ると、彼は自身のサングラスを指さす。
「自分の目をよく凝らして見てみなよ」
目を凝らして? 俺は言われた通り男性を見た。稲葉と言われた相手は頭を上げる。……よく見ると二本の角が額から生えて、顔に黒のペイントのようなものがある……?
明らかに人ではない容姿に、俺はよぎった言葉を口にする。
「……鬼?」
集中するのをやめると、姿は普通の人間に見えてくる。
「GRADE! よく見破りました。こいつ変化中なの」
拙生さんは彼の肩に手を置いて微笑む。
「こいつは、鬼の稲葉。二百歳。大江山の鬼で、ご先祖さんは酒呑童子に仕えていたんだ」
「あっ、そ、そうですか。僕は賀茂朝飛です。よろしくお願いします」
相手は歳上なのだから、ちゃんと敬語と一礼の礼儀を忘れずに──。
「よろしくお願いします! 朝飛様!!」
勢いよく頭を下げて、俺に敬称をつける。って、ちょっとちょっと!
「いや、なんで様なんですか!? 会ったときの対応なら呼び捨てか名字呼びでは!?」
顔を上げてツッコむ。二百歳の鬼から中学三年生に対して様は普通ないし、異世界系のように「あれ俺何かしちゃいました?」的なことまだしてない!
俺の言うことに稲葉さんは真っ青な顔を上げて、首を横に振る。
「滅相もない! 旦那が可愛がってる子に無礼をしたことが私の生き恥!」
「……拙生さん! この人に昔何したんですか!?」
流石にこの下手ので様は見ていてない。他の人間はわからないけど、中学の俺がドン引くほどのへりくだりようはおかしいって!
「ああ、昔悪いことをした稲葉を高度一万メートルから楽しい楽しいパラシュートなしのスカイダイビングをさせただけだよ。途中で泣いて反省したから許したけど」
聞かれた拙生さんはさらりと答える。いや、明らかにそれ!
高度一万メートルは極寒な世界と聞いたことある。……想像つかない。悪さをした稲葉さんを懲らしめるために、昔にやったらしいけど。よ、容赦がなさすぎる……。
俺は恐る恐る話しかける。
「あ、あの、稲葉さん? 僕というか……俺のことは、その、朝飛とか名前で呼んでいただけると嬉しいです。謙るというか、お互いにリスペクト……尊敬し合ったり、友だちとして仲良くなれたら私的には嬉しいです」
俺の言葉に稲葉さんは怯えながらも顔を上げて、拙生さんに目を向ける。
拙生さんは仕方なさそうに息をついた。
「……朝飛くんがそう言うならいいけど、失礼こいたら──稲葉、わかってるよな?」
にこやかに笑いながらも、後半の喋りのトーンが低くなる。稲葉さんは涙目になりながら、何度も何度も首を縦に振っていた。稲葉さんが怖い人かと思っていたけど、もっと怖い人なの拙生さんの方でした……。
言わないでいると、拙生さんから声がかかる。
「ああ、そうだ。朝飛くん。さっそく課題だけど、『今回のひとりかくれんぼの件の簡単に推理すること』だ。なんで今回のようなひとりかくれんぼの件が起きたか、簡単に推察してほしい」
「……できる範囲でやってみます」
いや、流石に簡単ではない。けれど、できる範囲で解決できることはあるはずだし、拙生さんも無理難題を押し付けるはずはない。彼を見ると、いつの間にかにこにことしたように小さな紙袋を手にしていた。
「と、いうわけで、朝飛くんへのお助けアイテムー。これを持っていきなよ。中身見ていいから」
「は、はい」
いつの間にその紙袋を……。紙袋を受け取って中身を見ると、真っ白な雑面だった。不思議に思いつつ見ていると、拙生が説明をしてくれた。
「顔につけるだけで、人やカメラなどの機械にも見えず、サーモグラフィーにも反応しない。身を隠す事ができる雑面。必要になるからあげるよ。悪用もできるけど……」
「それは流石にしませんよ!」
オカルトの悪用は良くない。俺でもわかる。食いかかる俺に拙生さんは力強く頷く。
「信じているから、わかっているよ」
信じると真っ直ぐに言われてしまう。……拙生さんから言われると弱い。絶対に悪用しないようにしつつ、この雑面を大切にしよう。
拙生さんに見送られながら、俺は稲葉さんと共に地下鉄へと向かう。
ICカードとかあるけど、たまに切符で改札を通る時がある。余裕があるときだけだ。
今日は余裕があるので切符を買う。稲葉さんはICカードを使う。切符を通して改札を抜ける俺だけど、稲葉さんは後から入る。
ピッという音が鳴って、こちらに来る稲葉さんに聞く。
「稲葉さん。俺が切符を買っている間は先に駅のホームに行っていいですよ……?」
「できません。朝飛様優先で」
「脅されたり馬鹿にされたり嘲笑されるのは嫌ですが、そう特別扱いされるのも嫌ですよ!」
畏れ多い。俺の言葉を受けて稲葉さんは肩を縮ませる。
「……しかし」
「主従とかじゃなくて、俺は貴方と友達になりたいんです!」
はっきりといい、手を出して稲葉さんを見つめた。友達になりたいと聞き、稲葉さんはびっくりしているようだった。
「……敬語、なくてええの?」
「ええんです」
「……素を出して、ええの?」
「ええのです!」
ヤケクソで頷く。拙生さん、どれだけ怖がられてるんだ!
俺と俺の手を何度か見つめたあと、恐る恐る手を差し出してゆっくりと握る。
「……わては稲葉。大江山の稲葉。ほな、よろしゅう」
「俺は賀茂朝飛です。よろしくお願いします」
ちゃんと自己紹介をして手を放すと。
「ほな、朝飛殿。いきましょか」
と、少し敬称のランクが下がる。……いや、そうじゃないよね?
間違ってないけど、殿とつけられるほど俺は偉くないよ。
「殿は……っああ……それで、よろしくお願いします!」
電車の時間や活動時間の制限を考えて、俺はそれで良しとする。
この時、初めて拙生さんを少し恨んだ。
地下鉄の電車に乗って、俺達はとある終点の駅に行く。
大学というけれど、京都には大学がたくさんある。けど、事件が起きたニュースを見れば、何処の地区なのかは大体分かる。列車に乗って行ける範囲で良かった。
俺は駅の看板を見ているけど、稲葉さんは興味なさそうに話す。
「国際会館……今のひとのもとはぐろーばるかぁ」
「近くに宝ヶ池と、小中高が付属した大学があるんですよね。ともかく、俺達が知るべきは被害者とその周辺のことです。事件が起きたアパートについては調べがついています。聞き込みをしてみましょう」
昨日のうちに、事件が起きたアパートについて調べた。SNSからも情報を調べて特定をした。……SNSの写真で特定できるのもすごいけど、ネットでの特定はあまりしたくない。
俺はポケットから携帯、スマホを出して、マップのアプリを起動させる。
事前に保存済みしておいた場所の確認をしつつ、道を通っていく。アプリの道案内はとんでもないところに出るので、基本は自分の足だ!
稲葉さんと一緒に住宅街を歩いて、目的のアパートに着く。事件が起きた場所は事故物件になる。それでも、安さで人が住まうこともがあるだろう。
スマホをしまい俺はメモ帳と鉛筆を手にして、雑面を手に取る。
稲葉さんに声をかける。
「稲葉さん。ちょっといいですか?」
「なん?」
「聞き込みについてなんですけど……」
稲葉さんの見た目は怪しまれるし、俺が事件のことを聞き込みをするのも怪しまれる。それに、人に聞いてちゃんと教えてくれるのか。聞き込み調査は、探偵や警察など専門的な人がやるべきものだ。今の時代の聞き込み調査は怪しまれるし、法律もある。だが、妖怪や幽霊などには人間の法律は適さない。
なるほど。だから、拙生さんはこの雑面を渡してくれたのか。
「──妖怪や幽霊、人外に聞き込みをしたいのですが、稲葉さんも協力してくれますか?」
見えない人が妖怪に聞き込みする人の姿は、何もない場所に話しかけているようなもの。気が狂ったかと思われるので、身を隠す仮面をする必要がある。それだけでなく、稲葉さんがいるのは、たぶん拙生さんが頼んで俺の護衛をしているのだろう。
「朝飛殿の頼みや。ほな、協力しましょ」
俺の願いに稲葉さんは了解してくれた。
よし、あとは近くに居そうな妖怪や幽霊に聞き込みをするだけ。稲葉さんは変化を解いて、角やペイントなどを表して見えて、人に見えないようにする。俺は雑面を顔につけて、早速メモと鉛筆を手にした。
目的のアパートを起点に、人外に聞き込みだ!




