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恐怖でガタガタと震えているであろうぬいぐるみを、拙生さんが用意していたトランクに入れる。見るからにかなり頑丈なトランクだ。内側には幾つかの札が貼ってあり、物理にも強いらしく、外には出れないという。
拙生さんは鍵をしっかりとかける。
……何もすることないというけれど。
「朝飛くんに危害を加えたら、拷問するから大丈夫!」
にこやかに言う。……言葉が物騒だけど、使い慣れている感がある。本当に拙生さん、人外と言うけど何者……。
「あの、これでお仕事終わりですか?」
呪物の引き取りというけれど、危険はなくあっさりと終わった。終わったけど、首を横に振る。
「いや、全然。ひとりかくれんぼ自体を何とかすることはできる。問題はぬいぐるみの中身だ」
「中身?」
「陰陽師でも対処できない霊は、野放しにできないということだ。それ込みの処理。人の味を覚えてしまった熊は、人間社会に害をなさない為に処理をする。それと同じだ」
「……なるほど」
納得してしまった。
熊はいくら愛護されるべきでも人に迷惑をかけて、人の味を覚えて人は食い物と認識してしまえば、害獣として駆除するしかない。
つまり呪いは何とかできても、中身を何とかしないとだめ。外装は何とか剥がせても、中身のものを無毒化しないとだめってことか。
「でも、その幽霊の生前とかわかりますか?
人なら明治までなら何とかとしても、江戸以前ともなると個人情報を追うのは難しいのではないでしょうか。動物ともなると……もっと難しいのでは」
「それなら、大丈夫。ひとりかくれんぼをして殺された人と関係してるから」
さらりと言われて驚く。
「……どういうことですか?」
驚く俺に、彼は笑みを保っていた。
「朝飛くんは何となく察してるでしょ。拙生が今回の件、何もかも知っているということ」
……察しですら見抜かれていることに驚愕するしかない。拙生さんは本当に凄い人だ。でも、知っていると言うならば、教えてくれてもいいはずだ。
「なら、知ってるなら教えてもいいのでは」
「危険を知らない子に教えるわけないでしょ」
ぐぅの音も出ない正論を言われ、俺は何も言えなくなる。そ、それはそう……。
中学生にしては慎重な考えと言われるかもしれない。俺は幽霊や妖怪が見えているからこそ、目を合わせないようにしなくてはならないのだ。でも、教えてはならないということは、それほど危険ということだ。
「けれど、朝飛くんにはなんで危険なのかを知ってもらう」
「えっ」
「はっはっ、身を以って知ってもらうとかじゃないさ」
「……でも、危険には変わりないんですよね?」
「やり方次第では」
聞くとにっこりと頷かれたけど、楽しいそうな感じではない……? わからない。どういうことなのだろうか。
ドアを開けて、拙生さんと一緒に外に出る。寺の住職さんに頭を下げて、寺の出入り口玄でのお見送りしてくれた。
歩いていく最中、大きな高架道路の下を通って、京都の水族館のある公園の近くの歩道までいく。
俺は空を見た。日は暮れてるし、もう長居はできない。拙生さんに今日のお別れを言おうとしたときだ。
「朝飛くん。もう日が暮れるから、今日はここまでだ」
「あ、はい」
「お迎えは呼んであるよ」
「えっ」
拙生さんは何度目か驚く俺に道路の方を指差す。
奥からは見覚えのある車がやってきていて、俺は寺の中で彼がスマホを操作していたことに気付く。
あれは連絡を入れていたのだ。通話だけじゃないし、連絡できるアプリもある。根回し、早いな。
「今回の件についても連絡を入れて根回してあるし、怒られることはない」
「……えっ。怒られない?」
きょとんとする。お父さんは拙生さんに陰陽術を教わることを反対していた。いや、仲が悪いわけではない。妖怪と戦う陰陽師の場合、危ない目にも遭うし死ぬこともある。だから、反対しているのだ。俺のほうが霊力のあるからといって、お父さんは虐げる真似はしない。ちゃんと父親をしている人だ。
……拙生さんの連絡先、お父さん知っているんだ。いいな。
「……俺も拙生さんの連絡先知りたいです」
「駄目」
「なんでですか」
「拙生が不審者だから」
答えに俺は不服を示す。
「不審者って……拙生さんが不審者だと思いませんよ。不審に見る人、俺が今まで見てきた中でなかったですよ。貴方が不審者のなりなら、まず通報か近所で噂になります」
今までもそうだ。俺と一緒に居ても警察は通報しなかったし、拙生さんらしき見た目の不審者情報など無い。昔、俺の家にきて何度か道具を売っていたけれど、近所の人が怪しむような話はなかった。
訪問販売などは今はあまりいい印象はない。詐欺に見えるかもしれないが、その実のところ拙生さんは連絡を入れて注文した人の元にしかやってこない。つまり、一部の人にしか販売していないのだ。
「拙生は怪しまれないように術でホホイと、誤魔化してるの。朝飛くん、普通は拙生の姿を見て警戒するよね?」
「……まあ、はい」
素直に頷く。国際的になってきたといえど、やはり外人は怪しい。サングラスをかけているからあまり分からないけど、日本人の顔立ちでありながら拙生さんの髪は金髪。日本語ペラペラ。染めたものではなく地毛だ。身長も高いし、たぶん男でもイケメンだと思う分類だと思う。
……あれ?
「……拙生さん。見た目ばえるのになんで周囲に怪しまれないのですか?
染めてるなら通り過ぎる人一目は見ますし、拙生さん背も高いから目立ちますよね……?」
俺が見てきたなかで、拙生さんを一目見る人はいなかった。今日もそうだ。拙生さんが通り過ぎても、一瞥すらしない。……かっこいいのに、声をかけてくる女の人がいてもいいと思う。
不思議そうに言う俺に、拙生さんは楽しそうに笑っていた。
「あっはっはっ! その違和感に早く気付けてたら早くに陰陽術を教えていたな!
単純単純。霊力がない人に対して認識をずらしている術を使ってるんだ。錯覚と幻術の応用さ」
「……!」
えっ、気付けていたら……えっ!?
つまり、俺には金髪に見えていて、他の人には……!?
拙生さんは髪を触りつつ、自身の髪の毛を見ていた。
「この金髪は地毛だけど染めてるようで、染めてない。実は元の色じゃないんだ。何色なのかは、君のお父さんに聞いてみな。普通の人が見えている髪色が拙生の本当の髪色さ」
お父さんの車が近くに来る。
助手席の窓が空くと拙生さんは顔を出して、お父さんに話しかける。
「大智。メッセージを見たか? そういうことだ。すまない」
拙生さんから聞いたことのない、切なげな声が聞こえた。大智はお父さんの名前だけれど、そのお父さんは動揺して何かを話していた。拙生さんは首を横に振り、俺に聞こえないように話していた。
俺はこっそり近付いて聞こうとしたけど、話は終えたようだ。
「いいか、あまり自分を思い詰めちゃ駄目だぞ。拙生はわかってるからな」
拙生さんの顔はわからないけれど、とても優しい声はなんだか温かい。その温かさに気付いているのか、お父さんは幼い子供のように涙目になって頷いていた。
小さな声で感謝の言葉を言ったらしく、拙生さんは顔を出すのをやめて俺に向く。
「盗み聞きできなくて残念だったね」
「……流石拙生さん。聞こうとしてすみません」
「素直でよろしい。許そう」
腕を組んで楽しげに頷く拙生さんは、トランクと鞄を手にして車から離れる。
「早速で悪いけど、明日拙生は手が離せない仕事があるから、何時もの寺の前で代理を立てておくよ。あっ、お見送りはするから安心して」
「お見送り……」
俺は幼稚園児ですかとツッコミたくなった。顔に出ていたのか、拙生さんは俺の頭を撫でた。
「期待してるけど、心配なんだよ。明日見送る際に、課題を出すからな。課題クリアできたら、クリアのご褒美を出す」
「ご褒美?」
「そっ。ご褒美は大智との同伴で一見さんお断りな高級料理を食べに行くことと、身代わりの形代の作り方を教えよう」
思った以上のご褒美だ!
お父さんの親孝行にもなるなら、いいじゃないか!
「……わかりました! 必ず課題をクリアします!」
俺は有言実行してみせる男。だから、俺の為にもお父さんの為にも頑張るぞー!
張り切る俺に拙生さんは微笑ましく見ていた。
拙生さんと別れて、俺は迎えの車に乗る。
「お父さん。陰陽師に反対していたのに、ごめん。でも、ありがとう」
乗ってシートベルトをしたあと、お父さんに謝罪と感謝をした。喧嘩するほど争っているというわけではない。お父さんは話せば分かるし、事情も汲んでくれる。
俺の言葉にお父さんは首を横に振って、バックミラーをみる。
「お前のせいじゃない。むしろ、この先必要だったことを俺達が阻んでしまっただけだ」
「……うん。ありがとう」
俺は感謝したあとに、不思議そうに聞く。
「ねぇ、お父さん。拙生さんの髪色って何色に見える?」
「昔のじいさんとお前と同じ茶髪だけど、どうした?」
お父さんに「何でもない」と返す。
一言声をかけて車を発進させていく。車窓から見える景色を見ながら、ゆるふわと少し言えるような前髪を触る。
今の俺は短髪だけど、髪が長くなれば拙生さんのようにゆるふわな特徴がわかる。
拙生さん、地毛は俺と同じ茶髪なんだ。
俺の地毛は黒ではない。茶髪だ。
今の時代、茶髪は地毛なのに黒髪を染めろというのは時代錯誤と言われる。俺の通う中学は地毛だった場合、地毛だって証明させて許可を得る方法がある。そのうえで実力を校内に示して、生徒会にも入った。学校生活では模範的に過ごしたり実力を示しているからか、先生からは文句は言われない。
……なんか、憧れの人と一緒なのは嬉しいな。
俺はにたりとする微笑みが止められなかった。




