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拙生さんは最初に名刺と登録証を出してくれた。名刺には会社の電話番号やメールアドレス。拙生さんの偽名羽山英明という名前があった。会社の紹介と目的、商品の内容やサービスを話し合えると、カバンからファイリングされた契約の書類を出した。
「まず、これを。契約書の内容だけど……稲葉は大方知っているか」
「ええはい、旦那にはお世話になっているので」
「けど、ちゃんと読み込むように。最近は小賢しい手を使う場所もある。あれそれ言われても契約書は読み込むクセはつけておけ」
「……わかりました」
稲葉さんに渡されたけど、俺にも渡された。契約書……というか書く項目がなく、契約内容や商品の説明や解約するときの内容など。書面にはちゃんと丁寧に説明がなされていた。クーリングオフについても、ちゃんと対応する内容が書かれてる。……これは、藤原さんも注文する。
話を聞いていたけど、稲葉さんは拙生さんから注文をしたことあるらしい。読んでいる途中で、俺は挙手をする。
「あの、話の途中ですみません。稲葉さんに質問してもよろしいですか?」
「いいよ」
拙生さんは許してくれて、俺は稲葉さんに顔を向ける。
「失礼します。稲葉さんは拙生さんの所でものを買ったりしてますか?」
「ある。けれど、わてだけじゃなく大江山の鬼みんな旦那からものを買ってます。一応、妖怪側でお金は有るけれど基本は物物交換。けど、それは各鬼によるやもしれへん」
鬼の社会も知れるとは思わなかったし、拙生さんも手広くやっているんだな。
「失礼しました。ありがとうございます」
一礼をして、拙生さんに向き直る。拙生さんは優しい笑みを俺に向けたあと、笑みを消して電卓を出した。
「さて、注文の札について。少々、問題があって」
「問題とは?」
稲葉さんが聞くと、拙生さんは難しそうな顔をして自身の手元にある書類を指さす。
「書類の説明にあるんだが、拙生が二人に売るのは特殊なものなんだ」
俺は商品についての説明の項目を改めて見る。
札は結界の札なのだけど、悪意をあるのもを遠ざけるものであるらしい。地元の妖怪や幽霊などを素通りさせるいわば、鬼門避けに近い効果がある。また愚喰のような存在を滅するか遮断させる効果もあるらしく、かなり高性能だ。地元に住む妖怪などの識別できる。結界としても機能するし、システムのような役割もある。
一枚の札でこんな効果があるのだ。うん、でも、これは何が問題なのかわかる。内容を見て、俺でもわかる。こんな高性能なもの──普通に買えない。
読み途中だったから、商品の詳細と値段のところを見て……最後まで見終えた俺はたぶん顔色が悪い。稲葉さんも顔色を悪くしていた。
俺たちの顔色を見て、拙生さんは苦笑する。
「そう、特注の札だから、一枚が鬼のように高いのよ。で、それを複数貼る予定だろ?
値段は……」
電卓のボタンを押し始める。手慣れているのか、計算も早い。カチカチという音がギロチン台を準備する音に聞こえた。
計算し終えたらしく、見せられる。
「税込で、これ」
──言葉が出ない。ゼロの数が十二。漫画とアニメの表現なら、家を突き抜けてオゾン層突き抜けて宇宙まで叫ぶほどの衝撃だ。
嘘だろ。嘘でしょ。一枚が高いと思ったけど、複数でそんなに!? 税込でそれ!?
俺たちの顔を見て、拙生さんは苦笑いをしていた。
「……購入、断念してもいいからな?」
……学生の俺が断念するレベルだ。稲葉さんはダラダラと汗を流しながら、無理に笑みを作る。
「……ろ、ろーんというやつを組めますか? それか親分に相談して金借ります……」
「稲葉さん。無理しなくていいです! 俺の問題ですから……俺が親に相談して支払うかどうか考えます……!」
まだ人の世俗になれてないであろう稲葉さんにローンで支払えるのか。というか、大江山の親分に借金って、普通にさせてはいけない。鬼の社会がどうなってるかわからないけど、怖いのは間違いない。
やめるように説得すると、稲葉さんは半泣きで首を横に振る。
「……朝飛殿の問題は、わての生命線なんですっ! 朝飛殿に何かあったら、自分の首を差し出すって旦那と契約したんですっ!! それに友を見捨てることなんてできません! かんにんしてください!!」
「あああぁぁ──! 拙生さんの馬鹿ぁぁぁぁっ!!」
拙生さんに向けて俺は悪口をぶつける。説得しても意味がない!!
そんな契約したなんて知らなかったし、稲葉さんのトラウマ根深いよ!!
俺と稲葉さんの反応に拙生さんは黙考しているらしく静かだ。困ったように眉を八の字にして、俺たちを見る。
「あのね、拙生も心苦しいけど、これで商売しているから。ちなみにこれ敷居の高い方や有名な神社とか繁盛している陰陽家や退魔師の家系とか、高名な妖怪や霊獣で買われてるお墨付き」
「嘘」
「残念ながら、嘘じゃない。オカルトだから表のネットでのレビューとかつかないけどさ」
俺の言葉に申し訳なさそうに話す。
……でも、書かれている説明はちゃん丁寧だ。契約書も王道で不正はない。拙生さんの訪問販売の会社は調べるとちゃんと載っている。訪問販売の協会にも入っている。ちゃんとした商売だろう。
でも、一兆はさすがに払えない。俺達がは払える金額ではない。
拙生さんは俺たちの手にしている書類を両手で、取り上げた。
「まあ、簡単に契約はできる内容じゃない。朝飛くんは中学生。稲葉は鬼だ」
書類を近くに置くと、拙生さんは笑みを浮かべる。
「だから、拙生個人と取引をしよう」
「え、取引……?」
間抜けた声をすると、拙生さんは頷く。
「ああ。札のほうのお金は拙生のほうで払う。けど、朝飛くんにはその札を使って自身で結界を張ってほしい」
札を拙生さんのほうで支払うが、俺に札を張って結界を作るように言う。耳障りのいい内容。だが、そんな都合のいいことなんてない。自分の敷地ならともかく、今回の札は広範囲で張るのだ。つまり、余所で結界を張るということは──。
「……地元の妖怪や退魔師、陰陽師に話をつけろということですか、拙生さん。俺への課題も兼ねてますね?」
「流石。話が早い」
大したことない内容に思えて、そうではない。道路で鉄道の写真を撮る時、車中泊をしていい場所の際、役所で許可を取るようなもの。
……特に、京都の敷地で結界の札を貼るなんて簡単ではない。京都の建物や敷地は重要文化財などがある。観光都市だから、景観に関する条例などがある。張り紙などの広告を張る際は、基本は法や条例の確認をすべきだ。……でも、結界の札ともなると張っても維持ができるかどうかの問題にもよる。
「……あの、その札って貼ったら普通の人には見えますか?」
「貼ったら、普通の人間には見えないけど、陰陽師や退魔師生業をしている人間や妖怪や幽霊には見える。だから、話をつけること」
「……その地区を統率する妖怪……偉い人みたいなのはいますか?」
「居るには居る」
答えたあと、拙生さんは挑戦的に微笑む。
「話はつけられるかな?」
「……失敗したら、どうなりますか?」
「朝飛くんから今までの拙生との記憶を消す。つまり、稲葉とも過ごした時間も消えるし、結界の件と諸々は拙生が解決する。ここで断ってもよしだぞ?」
サラリと言うけど思ったより、重い。記憶を消す芸当もできるなんて、本当にとんでもない人だ。でも、対価としては釣り合うかもしれない。それで稲葉さんに重い負債がかからないならば、まだいい条件なのだろう。
「わかりました。やります」
「……朝飛殿。そんな、わてが負債を背負えば……」
不安げにいうものの、俺は首を横に振る。
「俺は稲葉さんに大きな負担をかけさせたくないです。助けてきてくれている。貴方だから、恩を仇で返したくない」
稲葉さんは目を大きく見開く。俺は拙生さんに顔を向けた。
「拙生さんも、そうでしょう? だから、稲葉さんから契約書を含めた書類を取り上げた。貴方は怖いけど、俺たちに無慈悲なんてことはありません」
指摘を受け、拙生さんは頬を赤くして困ったように笑う。
「いや、それ、口にしないでよー。朝飛くん。拙生、稲葉に怖がられてたほうがいいのにー」
「旦那。怖くても人の良さ隠しきれてないから……」
「ん? 今からでも一兆円並みの頼み事を聞いてくれるか?」
「いえなんでも。なんでもないです」
激しく首を横に振る稲葉さんに、拙生さんは明るく笑う。
「冗談だよ。ハラスメント、すまない」
「わかってて、はらすめんとまがいないしないでください。冗談もきついです。旦那……」
……拙生さんのきつい照れ隠し。内心で突っ込むけれど、ツッコミを入れる場合ではない。
拙生さんとの記憶を消したくはないし、稲葉さんに負債を背負わせたくない。京都の陰陽師と退魔師と京都の妖怪の交渉は簡単ではない。でも、難しくとも方法がないわけではない。




