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猿の飛び蹴りは痛かろう。俺たちは場所を京都御苑内の公園に変える。稲葉さんに加護の羽根を返されたけれど、蹴られた頬が痛そう。稲葉さんをベンチに座らせて、頬に水で濡れた冷たいハンカチを当てた。……本当に何かをおごります。
いちごは猿ヶ辻の猿の詫びの品となった。稲葉さんの隣には猿ヶ辻の猿が動物の猿の姿で、いちごを食べている。
[ったく、また御所に悪い気配がすると来てみれば、いちごを持った鬼がいて煽ってるかと思いました。けれど、貴方様の差し金だったんですか。きんし様]
苛立ちながらも、一個ずつ食べていく。猿ヶ辻の猿も苺が好きなんだ……。けど、拙生さんがきんし様とは……? 禁止じゃなく?
拙生さんは眉をしかめて嫌そうに言う。
「その呼び名は好きじゃない。今は、拙生さんとか、そこの彼のように旦那とか言ってほしい」
小首をかしげる俺を一瞥した拙生さんは猿に頼む。
「頼む」
[……わかりましたよ。旦那]
猿は仕方なさそうに俺に向くと、はっとしたようだった。
[お、よく見るとあの時の子供か。大丈夫か?]
「えっ、ええ、はい。大丈夫です」
返事をする。……本当に話せる。野生の猿のように人を襲うことなんてない。対話もできるけれど、猿の姿で話している。だからこそ、普通の生物と異なると実感する。俺の様子に猿はほっとしたようだ。
[よかった。……ところで、旦那。わてが追ってたやつはなんですか?
何が目的で、この子供は……旦那のなんです?]
「ああ、それなら耳を貸してくれるか?」
拙生さんの言葉に、猿は立ち上がって耳を近づかせる。拙生さんは猿の耳を手で覆い、何かを話し始めた。……コソコソ話と言う割には、声が聞きえてこない。聞き耳を立てても、こしょこしょしたような声が聞こえてくるのに全く聞こえてなかった。
数分ほど話を終えて拙生さんが離れると、猿は納得したように頷く。
[……なるほど。あのクソ女はそういう生態か。……はぁっ、懸命に金網を破ったのも、追ってたわての行動は無駄骨でしたかい。人間社会様を賑わせちまったもんだな]
「こちらのことはこちらで処理をする。いちごを食べたあとは、すぐに猿ヶ辻へ戻るように」
[承知の上ですよ。困らせた分、働きまっせ]
「そうしてくれ」
猿は頷いて、最後の一つの苺を食べる。口を拭くと、稲葉さんに顔を向ける。
[蹴って悪かったな]
「……次からは加減してください」
呆れたように話す稲葉さん。猿は俺にも顔を向けた。
[坊や。苺、おおきに。この先、悔いを少しでも減らせるように生きとけよ]
「……はぁ、ありがとうございます……?」
悔いを少しでも減らせるように生きる。生きるのは当たり前だとしても、前半の言葉はどういうことなのだろう。
猿はパックを稲葉さんに渡すと、木々に飛び乗って猿ヶ辻のある方へと向かって行く。
……ものの数分、御所の雰囲気と風の流れ方が少し変わる。俺は驚いて瞬きをすると、空中にいくつもの川のようか透き通った流れがはっきりと見えた。
びっくりしたけど見えたのは、一瞬。……集中して見ないと分からないのに、不思議だな。でも、今ので何となくわかった。猿ヶ辻の猿があるべき場所に戻って、流れが落ち着いたのであろう。
拙生さんと稲葉さんと二人で猿ヶ辻に行くと、敗れた金網の穴からちゃんと木彫りの猿が見えた。……元に戻ったようだ。
俺はほっとしつつ、拙生さんを睨む。
「……まず、拙生さん。本当は猿ヶ辻の猿を連れ戻せましたよね? なんでしなかったんですか」
「拙生だと下手な刺激になりかねない。けど、朝飛くんがとった方法が有益だったよ。怒ってるなら、一回何かで発散させれば落ち着くと思ったし。稲葉にはかわりに、拙生がお礼をしとくよ」
いけしゃあしゃあと話す。俺が憧れているとはいえ、この人は一回蹴られたほうがいい。
……十一月の苺は高い。心配したけど、無駄にならなくてよかった。かわりに、稲葉さんが蹴られ損と言うやつだから、何かでおごりたい。
「……稲葉さん。ごめんなさい。何かか、お詫びで俺に奢れる範囲で奢ります」
俺の謝罪に稲葉さんは申し訳なさそうに微笑む。
「ええです。わてにお詫びはいりません」
「けど……」
「……本当にええんよ。ここで詫びはいらへんと言わんと、旦那が怖い」
そう言って、笑いながら震えている稲葉さんをじっと見つめる拙生さん。威圧してるな。圧かけないように、再度注意しておこう。
とりあえず、猿の問題は解決した。平穏で良かった。でも、俺の思ったものじゃなかったし、狙った性質ではなかったな。
「なんか違うなぁーって顔に出てるよー」
拙生さんに指摘されて、顔を押される。
「拙生さん……顔に出てました……?」
「出てた。何を狙ってやりたかったのか、聞いてもいい?」
にこやかに頷かれ、俺は悔しくて話す。
「……結果オーライといえど、俺の思ってた結果じゃないんです」
丑寅の木と土。苺自体は植物だから木。猿は金。場を少し乱せば場所を整えるために来るかなと思ったけれど……なんかそんな感じじゃなかった。
話を聞いて拙生さんは、苦笑を浮かべた。
「なーる。把握。あのね、朝飛くん。君は見落としてる」
「えっ、それって、どういう……?」
拙生さんは苺の空パックとゴミを手にする。拙生さんがつぶやくと、勝手にパックが燃えた。ほかの場所に燃え移ることない。焼失すると、拙生さんは教えてくれた。
「稲葉だ」
「へ、稲葉さん?」
俺は稲葉さんを見ると、彼は申し訳なさそうに話す。
「……朝飛殿。ほんま、かんにんえ。わては黒鬼の分類なんよ」
「……あっ」
言われて俺は気付いた。




