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「おっ、来たか。朝飛少年くん」

「なんですか。その呼び方」


 流石にツッコミを入れる。拙生さんは楽しそうに笑っていた。


「気分気分。さて、身代わりの形代はどんな形でできたかな?」

「前と同じ結果です。霊力を込めた紙が暴発しました。……力を込めすぎたようです」


 成果を述べると、拙生さんは感心していた。


「けど、紙に霊力を宿すまで早くできたのは凄いことだぞ。普通の人は五六年はかかる」

「えっ」


 五、六年はかかるって。えっ。

 にこやかに話す。


「驚くことはないと思う。朝飛くんには素質と素養があったってことだ」

「いやいや、拙生さんの教え方がよかっただけですよ」


 謙遜する。そんな年数がかかるとは思わなかった。というか、俺よくできたな。でも、身代わりは完全にできてはない。


「霊力を入れる容量はどう加減すればいいのか、分からないのです」

「水の流れを想像すればいい。蛇口がイメージしやすいだろう。もしくは、人間の生理現象の」

「それ以上言わなくていいです」


 拙生さんの言葉を止める。これ以上はいけない気がしたらからだ。俺の言葉に気付いて残念そうに肩をすくませる。


「叱られちゃった。──ともかく、どう紙に霊力を宿すか、ためるのかのイメージは個人次第。それに、霊力の質によってだいぶ異なったりする。朝飛くんの場合は量も多くて質が良すぎるから、多分紙が破裂するんだろうな」

「……なるほど、量の調節ですか」


 うーん、質までは目をつけられなかったな。考えると、ただ感じるだけじゃなくて、完全に霊力を把握しないとならないか。

 目では見えないけど、感覚ではわかる。流れを感覚だけではなく、視認。稲葉さんの角がはっきりと見たい。


「それで拙生さん。今日もお仕事ですか?」

「うん、どうせなら朝飛くんも同席してほしい」


 思わぬ申し出に俺は驚く。お仕事の同席とは。内容が気になる。


「内容によっては、俺が同席してもよろしいのですか?」

「うん。構わないよ。相手にも同席をする許可はとってある。関係者がいないと、怪しまれるか普通に通報されるかでお仕舞いだから、どの職業でもアポイントメント大切!

あっ、陰陽師関係の場合はまず関係者を通して、全体に伝達させるように。普通に「陰陽師です。お仕事をしにきました」って言うととカルト宗教か、詐欺に間違われるから」

「今の御時世に御尤もな御言葉……」


 占い師が陰陽師を自称するのはわかる。本来は占いが専門だから。平安時代のように表立って活動することは、今はできない。カルト宗教や詐欺に間違われるし、疑われる。俺は浪漫を抱いたり、夢をみることはあるけど、ちゃんと現実はみないと。憧れた衝動を抱えたままだと、空想に憧れる事ができない。


「で、拙生さん。場所とは?」

「着いてからのお楽しみ!」


 片目ウインクしたように言うけど、ほとんどサングラスをしている拙生さんだからよくわからない。言うのは野暮かなと思って、俺は口を閉じた。


 でも、俺は口を開けるべきだったかもしれないと、とある場所について強くそう思う。



 とある部屋。俺はソファーに座られながら、沈黙をして小刻みに震えていた。目の前にお茶が出される。

 拙生さんはスーツを着た人と手慣れたように商談をしている。今は事務所だから、まだいい。とりあえず、俺は事務所で待機をさせてもらう。理由はある。俺が拒否するほどに納得できる理由である。


「と言うわけで、朝飛くん。オーケーは降りているから一緒にどう?」


 話し終えた俺は首を横に振り、拒否の意思表示を示して拙生さんに思わず怒る。


「──何がOKなんですか!? 何がついてからのお楽しみですか!?

世界遺産の京都御所と政府機関の一部の迎賓館の中を回るのを許可するって、どんな仕事ですか!? 一般市民の俺なんか回ったら失礼でしょう!?」


 国、宮内庁管理!

 京都の学校に通っていると「あっ、じゃあ遊びにくる?」と友達が誘ってくれることがある。まあ、歴史的文化価値が高いものなら、重要文化財やら文化遺産などのものが出てくる事がある。俺でも恐縮だった。けど、はっきり言ってこれはそれ以上ライン超えだと思う。京都御所と迎賓館はツアーや予約しないと見学できないのだ。

 アポイントメントをして仕事の付き添いといえど、流石にこれは……!


「すみません。国の文化財を傷付けると怖いので、手慣れている方だけで回ってください。部外者の俺にはまだ早いです」

「そっか。わかった。では、よろしくお願いします」


 拙生さんが頭を下げると、事務員さんが俺に声をかけてくる。


「御所の外を散策してみてはいかがですか? 見てみるだけでもいい気分転換期もなりますよ」

「……お気遣いありがとうございます。そうさせていただきます」


 予約必要な場所に許可ありで入るとはいえ、恐れ多い。今の俺には京都御所というか御苑の中を回るぐらいが丁度いい……。

 俺は事務員さんに一礼をして、拙生さんを見送ってから散策にはいる。

 京都御所や迎賓館での仕事の内容は聞いていた。

 京都御所や迎賓館の悪意ある人外の侵入を拒む術や守りなどの札の購入と設置。定期購入しているらしい。

 俺が行くのをやめた理由は、迎賓館は撮影禁止で外国の偉い人が来る場所。京都御所は世界遺産であり、宮内庁の管轄である場。要は、俺のような一般人が居る場ではない。

 拙生さんは一般人を装っている人外。政府に一人や二人繋がりがある人がいるだろう。中にある神社でお参りしていこうかな。


「朝飛殿」


 知っている声に呼ばれる。


「その声は、稲葉さん?」


 振り返ると、俺は驚いた。オールバックではあるけれど髪は整えられており、不良姿ではなくネクタイを締めている。首にはカードケースをぶら下げていた。よく見えなかったけど関係者と書かれていたカードが入っている。

 でも、前に見た時よりも、ちゃんと社会に紛れられる姿だ。


「稲葉さん。その格好は……?」

「お仕事。今は御苑のスタッフという呈でおるけど、ほんまは御苑内の不審者探し。つまり、旦那の仕事の手伝い」

「……ここにいて、大丈夫ですか? ここ、だいぶ陰陽師とか退魔師の懐なのでは……」


 稲葉さんの本性は鬼だ。ここには神社とかもあるし、大江山の鬼だから余計にまずいのでは……。稲葉さんは平気そうに笑う。


「ご心配なく。これがあるから御所にある魔よけの影響は受けへん」


 とポケットから何やら一枚の羽根が出てくる。金色の羽根。スプレーや装飾のようなものではなく、自然の色。


「この羽根の加護のおかげで、わてはここにおります。それと退魔師と陰陽師の懐といえど、その退魔師と陰陽師とわては連携をとってここを守っているんです。大江山の鬼と向こうも知ってますし」

「……相容れないかと思ってました」


 バチバチしているわけではないことに驚く。稲葉さんは溜息をついていた。


「最近の妖怪の世界も、世知辛いんよ。今は自分の身は自分でも守るだけじゃ足りん。人間や他の妖怪は達とも連携を取らんと生きにくい」

「……なるほど」

「わてがここに来たのは、朝飛殿がここにいると旦那の連絡を受けたから。わての本来の仕事は護衛です」


 鬼である稲葉さんが陰陽師たちと連携を取るほどに、妖怪側も大変なのか。そんな中で俺の護衛を優先するとは……。


「……お手数をお掛けします」


 俺は頭を下げると、稲葉さんは首を横に震る。


「気にせんといて。ああ、けど、旦那から課題を預かってます」

「課題?」

「ええ、旦那はこう言ってはりました。『京都御苑内の霊力の流れを感じよ』……と」

「……猿ヶ辻のことですか?」


 流れというと、それしか思い浮かばない。

 猿ヶ辻は御所の北東にある。鬼門だから角を取ってしまえという発想で、角をなくしている。だが、それだけではなく猿の像などが置かれている。魔が去る。勝るなどの言葉遊びの意味合いを込めて、猿などを置いているが言霊の力もあろう。確かに、御所の特定の隅に力を強く感じる。

 猿ヶ辻の猿は日吉神社の神使いとされている。が、夜に悪戯をしだすから、金網で閉じ込めているらしい。もしかすると、本当は妖怪か神様の使いかもしれない。

 稲葉さんは首を手に振った。

 ……流れを感じさせる訓練も兼ねているのだろう。──でも、それだけではないはずだ。


「……稲葉さん。貴方がいるという事は、つまり対策ですが? あの、違法売買人の」


 俺の質問に稲葉さんは渋い顔をして頷いた。

 鬼門封じというが、実際は悪いものを素通りさせたほうが良いという考えがある。陰陽のバランスを考えると、間違いない。良すぎてもだめで、悪すぎてもだめ。そのバランスを取ることが大切なのだろう。だが、流石に悪いものが通るにも限度がある。だから、ここの鬼門封じは厳しい入国審査や関所に近いのだろう。

 俺の質問に頷いてくれた稲葉さんは話してくれた。


「そう。わてと陰陽師達で、この御所……御苑内すべての結界を張り直しとる。妖怪が素通りするならまだ良い。けれど、その中身が悪質であればあるほど、鬼門の門を狭きものにしなくてはならない」

「悪質って、どれだけなんですか……」

「妖怪すらも鬱陶しいと思うもの。穢れが平気な奴でも流石にアカンと思うやつ。それがひとりかくれんぼに関わってきた奴はとんでもない」

「……もしかして、その呪物を売ってるのは人だけじゃないのですか!?」


 俺の驚きに稲葉さんは嫌そうに頷く。クソなことにそうだと言うように。大江山の鬼も見過ごせないほど協力するほどの相手とは。俺も協力したいけど、関わるにも限度がある。

 恐らく課題を与えたのも、俺の心情を見越してだろう。……拙生さん、どこまで見通してるんだ。

 尊敬と畏れを抱きつつ、俺は稲葉さんに頭を下げた。


「少しだけでもいいです。手伝わせてください」

「ええよ、というか、その為に旦那が与えた課題だと思うんよ」


 稲葉さんは頷いた。俺も苦笑しながら同意してみせた。本当、拙生さんはどこまで見通しているのだろう。

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