13
翌朝、俺は待ち合わせの門前で待っていた。
京都の10月。数年前は秋らしいと言われていたけれど、今は中途半端に秋らしいな。
息をついていると、背後からなんとなく人が来る気配を感じた。
「拙生さん。おはようございます」
振り返ると、驚いたあとに朗らかに笑う拙生さんがいた。
「あなや、気付かれるとは。よもや拙生マスター?」
「わざとでしょう」
俺の言葉に、彼はいたずらっぽく笑う。
この人飄々としているようにもできるし、真面目や面倒見のいいお兄さんにもなれるから本当に不思議な人だ。それでも、俺の憧れの人なのは変わりないけどさ。拙生さんは手にあのぬいぐるみの入ったトランクを持っていた。彼は笑いながらも、雰囲気を真剣な変える。
「さて、朝飛くん。どのように課題をクリアするのかな?」
「……その前に、ひとりかくれんぼの処理を手伝わせてください」
俺の申し出にきょとんとする。
「処理って、手伝えるのかい?」
「何のために、俺をお祖母ちゃんと会わせたんですか」
拙生さんはしてやったりと微笑む。わかってているから本当にたちが悪い。でも、これは必要なことだ。
「だから、処理のあとにお答えします」
「考えがあるってことか。わかった」
何かあるとわかって、拙生さんは承諾してくれた。今すぐ答えろと言われれば、何とか答える。それよりも先にぬいぐるみの中にいる元舞妓はんを解放してあげたい。
「朝飛くん。目を閉じて。拙生がいいって言うまでは開けないでね」
「あ、はい」
俺は目を閉じる。
言われた通りにするけど、何をするのか。
しばらく目を閉じていると、周囲の車の音が聞こえない。人の喧騒も、近くで走るバスのアナウンスも分からない。かわりに聞こえるのは、川のせせらぎの音。
「目を開けていいよ」
俺は目を開け、驚く。
町中からいつの間にか川辺に移動していたらしい。人外だからできるんだろう。
鴨川の川辺だ。……けど、ここがどこなのかは知っている。五条大橋が近くて、この川辺の反対側には歌舞練場がある。
普通の人が見ても川辺。だが、目を引くだろう。
「……六条河原刑場跡。石田三成だけでなく、多くの歴史上の人物が処刑された場ですね?」
「御名答。まあ、ここでのほうが幽霊の刺激にはなるかなって」
追い詰めているの間違いでは?
ツッコミたいけど口には出さない。川の音だけ聞こえて、人の気配と言える音や声。車などが走っていないことが気になる。
「あの、ここは? 京都なのでしょうが京都ではないような」
「ああ、ここはあの世とこの世の狭間の世界さ。妖怪とか人じゃないものが多くいるからね。処理をするならここのほうがいい。大丈夫、近くには稲葉がいて、周辺の警戒をしてくれているから」
何事もないように話す拙生さん。……あの世とこの世の狭間の世界の六条河原刑場跡というのもなかなかですよ……。
「さて、人形を出すよ」
拙生さんはトランクを開ける。
トランクの中に札が貼られて、包丁を持ったぬいぐるみがいた。そのぬいぐるみは飛び起きると、俺に向かって走ってくる。
恐らく、霊力が強いから俺を狙ってきているのだ。
「っ!」
包丁を向けてぬいぐるみは来るけれど。
「前に言ったこと忘れたのか?」
拙生さんの冷たい声と共に音がする。猫のぬいぐるみは腹を突き抜けるように刀が刺されていた。刀でぬいぐるみを刺したのは拙生さんである。
ぬいぐるみはガタガタと震え始め、拙生さんは口角を上げた。
「忘れてたんなら、この場で殺されてみるか? ここは処刑場だし、ちょうどいいぞ」
鋭くて怖い。本当に倒してしまいそうな気がする。ぬいぐるみが動けない間、俺がすべきことをするために大きく口を開く。
「佐藤可奈美さん!」
俺の言葉に反応して、ぬいぐるみは動きを止まった。茶封筒を出して、ぬいぐるみに見せる。
「これは、貴方のご家族から送られてきた手紙です!
……くだらない男を恨みすぎたせいで、貴方は自分の家族のもとに帰ってたことありますか!?」
遺体は家族のもとに帰っただろう。けれど、魂、もしくはその思いはちゃんと故郷か家族のもとに帰れたのか。ずっと男を恨み続けたせいで、一度も帰れてはないのではないか。ひとりかくれんぼの呪術と負の思いで自分が失われつつあるのではないか。
それはあまりにも、悲しい。
「……貴方にこの手紙の内容を伝えます」
俺は封筒の中身から取り出した。五枚にも及ぶとても長く書かれた内容の手紙。その手紙を読んでいく。
【可奈美へ
舞妓になって、数年が経ったね。そろそろ芸妓になるとき近いかな?
お母さんとお父さんは変わらず仕事をしたり、家事をしています】
手紙の中身を勝手に読むのは、本当は良くない。でも、ぬいぐるみの霊の自我を正気に引き戻すにはこの方法しかないと思った。
【前のお手紙の返事は嬉しかった。故郷の冬は変わらず寒くて、早く炬燵をだして暖まったよ。京都の冬は風情があるでしょう。それともこちらよりも寒い?
私たちは可奈美が風邪を引かないか心配です】
俺は手紙の内容を朗読して読み続ける。家族の近況と心配する気持ちが書かれた手紙だ。読んでいる俺でも涙が出そうなほどに、そこには家族の日々と可奈美さんという方への応援の気持ちがある。
読んでいるさなか、からんと音がする。一瞥すると、ぬいぐるみの手にしていた包丁が落ちた。ガタガタと震えているようには見えない。どちらかというと、かすかに震えているような。
……泣いているように見えた。手紙の内容はもう終わりに近い。俺はちゃんと伝えようと思って、ぬいぐるみに向かって読む。
【私たちはなんとかやる。けれど、可奈美。本当に辛かったら、舞妓が違うと思ったら帰って来なさい。お父さんは何時でも貴女を受け入れる気満々です。お母さんは可奈美の大好きな料理を作って、いつまでも待っています。
だから、無理しないで程々に頑張ってね。
お父さんとお母さんより】
読み終えて、俺は手紙を丁寧に折りたたむ。
茶封筒に入れて、ぬいぐるみの前に来た。もうぬいぐるみから殺意のようなものは感じない。それに、動こうにも拙生さんが止めようとするだろう。
しゃがんで、俺はぬいぐるみの前に渡す。
「これは貴女にお返しします。……勝手に読んですみません」
ぬいぐるみは茶封筒を抱きしめるように受け取った。力が入ったのか茶封筒が少し曲がる。その大事そうに抱きしめる姿から、本当に家族を大切に思って思われていたのがわかる。
「拙生さん。あとは、お願いします」
俺の言葉に拙生さんは頷いて、片手で刀印を作る。何かが呟かれると、その言葉とともにぬいぐるみにまばゆい光が宿った。瞬時に発火する。白銀の炎が猫のぬいぐるみと手紙が燃えていく。
ぬいぐるみから放たれている黒いものも炎の中へ消えていく。燃えていく匂い。ぬいぐるみの姿と手紙が燃え尽きて見えなくなるころだ。
[ありがとう]
女性の声が聞こえて俺は目を丸くする。
炎が消えた。ぬいぐるみは跡形もなくなくなった。立ち上がって、拙生さんに向く。
「……これで、処理の仕事は完了ですね」
「そうだね。ある意味は課題クリアかな? おめでとう」
褒められるが、俺は首を横に振る。
「そんなわけありません」
「ん?」
俺はすぐに否定して、不思議そうに声をあげる。否、演技する拙生さんに告げる。
「拙生さんの仕事を増やした大馬鹿者はどんなやつですか?」




