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夕食を食べ終えて、色んな事を話した。俺のした近況は話してはいないけど、お父さんは俺が無事で帰ってくればいいと言っている。多分、近況は拙生さんから聞いている可能性がある。俺が無事なのは稲葉さんのおかげだから、お礼しとかないとな。
稲葉さんが頼んでいる間は、俺は授業と受験勉強に集中する。土曜の授業を乗り越えて生徒会での仕事を終えた。
帰ったら出かけ着に着替えて稲葉さんが来る前に、お礼と差し入れを買っておく。
指定した時間の五分前に来ると、稲葉さんは門前で携帯をイジりながら待っていた。何か収穫はあったかな。
近付いて、声をかける。
「稲葉さん! こんちには、お待たせしました」
声に気付いて、携帯をポケットにしまって頭を下げる。
「朝飛殿。こんちには」
「いえいえ、こんにちは。あっ、これ。差し入れです」
俺も頭を下げて、駅構内で買った京都名物御当地のパン数個と水の入ったビニールを渡す。稲葉さんは驚きつつも受け取った。
「ええの?」
「はい。聞き込みしてくれている間、差し入れできなかったので今になって申し訳ございません」
謝るけど稲葉さんは首を横に振って、嬉しそうに笑う。
「かまへん。おおきに」
あっ。稲葉さん。とても穏やかで嬉しそうに──。
「あらら、差し入れ。かぶっちゃったか」
声がする方向に俺たちは顔を向けると、いつものサングラスをかけた拙生さんがそこにいた。にこやかな笑顔を浮かべて、俺たちを見ている。
「っ!?」
稲葉さんは飛び退いて、俺の後ろに隠れる。……俺を盾にするように隠れているのは、少しいただけない。けど、掴まれている手の震えから恐怖が伝わるので仕方ない。
「拙生さん。こんにちは。仕事終わりました?」
「うん、課題ばかり出して悪いかなぁと思って、二人に差し入れ持ってきたけど、見事に被ったな」
「いえ、俺が受け取ります!」
拙生さんから受け取る。受けとった綺麗な和柄のトートバッグの中を見る。俺が買ったものと同じ。飲み物はないけれど、買ったパンの数は俺一人では食べれなさそうな量だ。
「ありがとうございます。拙生さん」
にこやかに対応し、俺は笑顔をやめた。
「それで、課題をこなしているのか、確かめに来たんですか?」
「せーかい。稲葉の情報を聞いて出した答えや行動によっては手助けをしてあげようかなって」
……試しているのもあるけれど、基本俺にオカルト案件は近付かせたくないのだろう。拙生さんは仕方なくやっている部分もある。教えてもらうためにも、俺は少しずつ自分なりにやるだけだ。
俺は稲葉さんに聞く。
「稲葉さん。聞き込みして調べてきた情報を、俺に教えてください」
「……ええ」
拙生さんの目を気にしつつ、稲葉さんはメモ帳を出してメモを見ながら話す。
「……わてが人の幽霊から聞いた情報をまとめると、生前の被害者男性には何人か女の幽霊が憑いとったそうな。やけど、被害者男性がひとりかくれんぼをしだした時、その中で男に強い怨念もって憑いとった奴がぬいぐるみに入った。ここまでは、朝飛殿の考えた通りだとは思う」
「はい」
俺は頷いた。犯人は誰なのか絞ることはできるけれど。
「稲葉さん。男は進んで、ひとりかくれんぼをしましたか?」
「そうやな。幽霊の目撃証言では、《《そう見えたらしい》》」
「……なるほど。なら、何処でぬいぐるみを手に入れましたか?」
ぬいぐるみを買うならば、普通に商業施設で買える。質問の答えは、そう模範的な答えではなかった。
「女の訪問販売で手に入れたらしい」
「⋯⋯訪問販売の書類らしきものは?」
稲葉さんは首を横に振る。その言葉に拙生さんは表情を変えていない。……知りたいことはまだある。
「では、被害者男性の取り憑いていた女性、特にぬいぐるみの中に取り憑いた女性はどんな姿をしてました?」
「舞妓だと目撃証言がありました」
聞き、俺は顔をしかめてしまう。
「舞妓はんがなんで?」
舞妓が男性と接する機会はない。スマホやパソコンなどは禁じられている。お座敷遊びか、着付けなどを手伝う男衆、一部の出入りの業者じゃないと接触は難しいと思う。
舞妓はんも休みは月に二日。道中で会っても稽古に行く時の姿と仕事と接待などの姿が少し違う。
俺の反応を見て、稲葉さんはメモを閉じる。
「わてが調べられたのはここまで。けど、人の幽霊は生前の思い入れが強い姿になるときがあると聞いたことある」
生前、か。となると、舞妓をやめたあとの可能性もある。
……会ったら驚くだろうけど、普通の人が普段の舞妓さんと接する機会はない。情報なら警察が握ってそうだ。けど、情報の隠しようからして犯人の詳細を隠している可能性もあるだろう。相手がいいとこなら、余計に警察はそうする。
舞妓の世界での情報は隔離されている場合が多い。舞妓の情報は、舞妓しか知らない。
だから、情報を知るには。
「……お祖母ちゃんに聞くしかにないか」
舞妓のおかあさんでもある女将の祖母。……苦手ではないんだけど、今仕事中だから電話するのが申し訳ないというか。けど、舞妓の世界は舞妓や芸妓しか知らない。とりあえず、腹をくくって俺は携帯を手にして、祖母の置屋の番号の枠を押した。
アポイント、会合の約束ぐらいはできるかもしれない。
耳に当てると、すぐに通話は始まる。
《もしもし》
聞き覚えのある声に俺は背筋を伸ばして話す。
「もしもし、こんちには。賀茂朝飛です。女将の宮道鈴江さんはいらっしゃいますか?」
《あら、朝飛。相変わらず、いけずやわ。おばあちゃんでええのに》
「……置屋のおかあさんをそう呼んだら、まわりが卒倒するでしょう。女将」
《しっかりしてはるなぁ。それで、今日は何のようどす?》
あえて舞妓のように喋る祖母のほうがいけずだと思う。
とりあえず、目的を話そう。
「ちょっと調べてる事がありまして、お聞きしたいことがあるのです。会える日などありますか? 予定などありましたらすぐにそちらの都合のいい日でも構いません」
《じゃあ、今すぐにでも》
「……は?」
今、すぐにでも? 置屋の女将はそう簡単に時間を空けることなんてできない。なのに、今すぐにでも?
俺の間抜けた声に、祖母のくすくすと笑う声がした。
《何もかも、拙生の旦那はんから聞いてはるよ。大丈夫、時間はちゃんととってある。いつもの八坂の茶屋で会いましょ。朝飛》
電話が切れて、俺は間抜けた顔になる。すぐに彼の言った手助けの意味を理解した。スマホをすぐにしまって、拙生さんを睨む。
「っ拙生さん……いつの間にお祖母ちゃんへ根回ししたんですか!?」
「ははっ、朝飛くんが言ったろ。拙生さんは何もかも見抜いている。一応、拙生も宮道さんの置屋の旦那、スポンサーのようなものだからね」
そーいやこの人、お祖母ちゃんの置屋にも匂い袋とか、化粧品って称して魔除けの類を卸してたな!!
「あー! もー……なにもかも手の平の上ですか……!」
「宮道さんと拙生は、朝飛くん応援し隊だ」
両手で頭を掻く俺に、拙生さん、超絶スマイルで親指を立てないでほしい!
「……朝飛殿はご自分のお祖母様と会うのが嫌なんですか?」
「……嫌ってわけじゃないんです」
俺の困りように、稲葉さんはわからない様子だった。俺達の家族の仲は問題はないし、仲は悪くない。マナーや作法と決まりには厳しいけれど、その分だけ愛は大きいし敵わない。
……ただ、俺が負い目を感じているだけ。
「……伝統は守るべきものと破るべきときがある。ただそれが苦しいだけです」
お祖母ちゃんは気にしない。でも、俺は……あまりいいとは思えない。
俺は手にしているバッグにあるパンを見た。……よく見ると、置屋の舞妓はんとまかないさんやお手伝いさんの数にも合う。亀の甲より年の功。本当に拙生さんには敵わないな。
「稲葉さん。情報、ありがとうございます。このあと祖母に会いに行きます。
別れる前に、今のうちに連絡先を交換しておきましょう」
「え、ええ」
スマホを出して、連絡帳とメッセージアプリをできるように連絡先は交換をしておく。交換し終えると、俺は頭を下げた。
「ありがとうございました」
拙生さんには顔を向け、指の腹を見せて眉間にしわを寄せる。
「次のテストでは、全教科また1位取ってやります。絶対に教えてもらいますからね」
「ははっ、できるかなぁ」
爽やかに笑う顔を見て、俺の中では火がついた。やってやる。
「じゃあ、拙生さん。稲葉さん、また明日!」
俺は走り出して、バス停の方に向かう。
八坂神社にある公園は、祖母との面会スポットだ。……ああ、この手土産と手助けの意味がわかる自分が憎い。拙生さん、覚えてろー……。全国模試でも絶対に満点一位をとって驚かせてやる。




