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Chapter1 単純明快かマセ犬⑥

「なるほど、それもバレてたか……。だから俺がお前のスマホを使おうとしてることまで推測できたんだ」

「そう。スーツの人の制裁の話も合わせて、多分こういうことをするんだろうって予想してたの」

 スマホを睨みつける。あの中に、私のあらゆる信頼をなくす証拠が入っているのだ。

「それに、今朝はかけたはずのアラームが鳴らなかったから。そのときにはもうアオがスマホを持ってたんだ」

「今朝の時点で気づいてた?俺がスマホを持ってるって」

 はっきりと頷く。本当は確証を持っていなかったのだが、明かす必要はない。

 あのときからスマホがアオの管理下にあったなら、私の悪事を撮影する方法などいくらでもある。大事なのはその事実だ。

「ついでに、動画を公開する前に私を呼び出すことも想定内だった」

「……へぇ?」

「これもスーツの人の話になるんだけど……アオはあの人が落ちぶれる瞬間に立ち会ってたんだよね?隠れて見てたんだっけ」

 アオの挑発的な様子に、苛立ちを込めた視線を送る。

「好きなんでしょ、人を貶めるのが」

 ずっと楽しそうにしていた。初対面で私を痛めつけようとしていたときも、楽しげだった。根っからのサディストなのだろうと、流石に察した。

「……勘違いしないでよー?一応仕事としてやってるんだからね」

「でも楽しんでるのは変わらない。だから私を制裁するときも、間近に現れるはずだって確信してた。……多分」

「多分……」

 拍子抜けしたようにアオが復唱した。

 緩んだ空気にどこか居心地が悪くなりつつ、話をまとめる。

「と、とにかく、全部想定内だった」

「想定内かー、悔しいなー」

 大して悔しくなさそうにアオが言う。舐めているなと思ったのはそういうところだ。

 不意に、アオの目が鋭くなった。

「それで?」

「ん」

「ぜーんぶ知ってた上で放置してたわけじゃないんだよね?どんな対策したの?」

 ついに私の作戦の出番か。とはいえ──。

「お前の悪事の動画は、既にこのスマホに入ってる。ここからどんなふうに足掻いてくれるの?」

 こちらを苛つかせる為だけの言葉選びに、素直に苛ついてしまう。

「……こんなふうに、かな」

 私が言い終わるや否や、


 液体が宙を舞った。


「っ!?」

 唐突すぎて動けなかったのか、放たれた液体──先ほど私が買った水でアオも濡れてしまう。

 アオ『も』。

 スマホも。

「え、は……?」

「意識してなかったかな。そのスマホの液晶には割れ目があるってこと」

 状況を飲み込めていなさそうなアオが、顔を拭いながら私のほうを見る。勢いよく振るったせいで中身が空になったペットボトルが、私の右手に握られている。

「ベランダでパスワードを見られた直後、どんな制裁をされるか察してすぐ、スマホをわざと落としたんだよ。割れ目を作る為に」

 私はにやりと笑う。

「こうなったとき、水没させてスマホごと証拠隠滅する為に」

「水没………!?」

「保護フィルムが守りきれてない部分にも、割れ目が少しついてたからね。水が簡単に内部に染み込んで、壊れる」

 スマホがバイブ音を鳴らす。怖いくらい継続的に。やがて止まると、私はスマホを奪い取り電源ボタンを押した。

「……うん、つかないね。証拠は消えた」

 使い物にならなくなったそれを、地面に落とす。

「私の勝ち」

 得意げに笑ってみせると、アオは硬直したまま私を見つめ返した。

「……マジか。スマホ壊れてよかったの?」

「うん」

「巻き添えで俺も濡れたんだけど」

「仕返しってことで」

「……はぁ。まぁいいけどさ、水だし」

 アオは自身の湿った髪に触れ、呆れたように呟いた。でも呆れられようとどうでもいい。私が制裁を回避できたのは間違いないのだ。

 一気に緊張感が抜けて、建物の壁に寄りかかる。深く息を吐き出す私を見て、アオはいつもの調子で質問を投げかけてきた。

「補足ってことでいろいろ聞きたいんだけどさ」

「ん、なに?」

「ベランダでスマホを落としたのはわざとって言ってたけど。それで完全に壊れたらどうするつもりだったの?」

「どうって……しょうがないって思うしかない、かな?」

「……買い替えを考えてたのは知らなかったんだよね。すぐに新しいのを用意できなくてもよかったってこと?」

「うん、まぁ……。そんなに使わないし」

 アオは考え込みながら私の返答を聞いていた。そして口の端を少しだけ上げる。

「自分の為ならなんでも犠牲にできちゃうんだ」

「………」

 別に、人生には代えられないと思っただけだ。心の中で言い訳しても、それを口に出すことは叶わなかった。結局「自分の為」であることに変わりなかったから。

 中学校の入学祝いに買ってもらったスマホ。思い出が蘇り、寂しくなる。

 そんな私をアオは気にも留めていないようだった。

「じゃ、もう一つだけ聞いとこうか。バックアップについてはどう思ってんの?」

「……ん?どういうこと?」

「だから、バックアップしたデータにあの動画……証拠が含まれちゃってる可能性」

 すぐに理解できなかった。

 訝しげな表情になっていることを自覚しながら、問い返す。

「クラウドにバックアップをとったのは、アオが証拠を掴む前だよ?その後にアオがとってたとしても、新しいスマホにデータを入れてから私が消せばいいだけ。最終的に証拠は残らない」

「ほんとに?」

「……何が言いたいの?結局、アオが証拠の動画を手にできないのは変わらないじゃん」

「ねぇ」

 アオが私の顔を覗き込む。

 余裕で目を細める彼と対照的に、言いしれぬ不安が滲み始める私の顔を。


「本当にそう思ってる?」


 その場の雰囲気が、また緊張を帯びた。

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