Chapter1 単純明快かマセ犬⑤
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翌日。
私は機嫌があまりよくなかった。
「もう、なんで今日こんなツイてないんだろう……!」
「まーまー。そういう日もあるって」
理科室から帰ってきて、夢華に不満を漏らす午前。先ほどの授業で、明日は忘れないようにと釘を刺された課題のことを思いながら。
「朝は目覚まし鳴らないしやってきた課題忘れるし知らない痣が爆増してるし……」
「うーん、振り返ってみると散々だね!」
「アラーム絶対にかけたのに……慰めてよ夢華……」
「よしよし、花波は頑張ってるぞー」
頭を軽く撫でられる。心地よい感覚にしばらく身を任せた後、お手洗いへ向かうため一旦教室を出る。戻ってきて自席へ向かう途中、これから前を通る二ノ瀬くんの席が視界に入った。
……流石に、ね。
なくした物が昨日返ってきたのに、その翌日にまた物をなくすなんて、彼にとっては最悪だろう。たとえ今の私がツイていなくて少しムカついているとしても、罪のない二ノ瀬くんを巻き込むわけにはいかない。
いかないのだけど──。
(……隙だらけなんだよな)
回数を重ねてきた私にはわかってしまう。今ならいける。盗れる。
俯き加減になり、素早く左手を机の上に伸ばす。使い込まれた消しゴムが手に収まり、そのまま引き込む。
自席へ辿り着き、周囲を見回す。二ノ瀬くんの席の近くには、私の行動を見ていた人はいないようだ。
それに、二ノ瀬くんの後ろの席の人は欠席。そこに人がいると当たり前だが難易度が上がったので、運がよかった。
(いや、何もよくないんだけど……)
欲望に負けた。ポケットにころんと入れた消しゴムの僅かな重さを感じ、ため息を吐く。
やめられなくなっている、かも。
自分の我慢のできなさを恨む。どれだけ反省の言葉を並べようと、彼に最悪な思いをさせたことは変わらない。いっそのこと開き直れたら楽なのだが、自分にはそんな度胸もないらしい。
アオにだって何と言われても文句を返せない。
「花波、まだしょげてる?元気だしなよぅ」
「あ、うん……ありがと」
夢華の善意も、うまく受け取れなかった。
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夢華と別れたあとの帰り道には、自動販売機がある。冷たいと表記されていたペットボトルの水を購入し、また歩く。
──そのときだった。裏路地に腕をぐんと引き込まれたのは。
「えっ……?」
転びそうになるが、なんとか体勢を整える。一気に周りが暗くなった。そしてその先にいるのは──。
「……アオ」
「学校お疲れさま〜」
どことなく楽しそうな声音で、目の前に立つアオは言った。「それと」と付け足しながら、手に持っていたらしい物を私に見せる。
「人生も、お疲れさま」
「……!」
彼の手には、家に置いていたはずの私のスマホがあった。自分が険しい顔になるのを感じながら問う。
「やっぱり撮影したの?」
「気づかれちゃってたかぁー。ご名答だよ。今日の悪事を動画に収めちゃった」
「……返して」
「バカ正直に返すとでも?」
煽るような口調は相変わらずだ。私は肩にかけていたスクールバッグを乱雑に地面に下ろす。
「それで?その動画、どうするの?」
「予想はついてると思うけど……クラスLINE入ってるでしょ?そこにバラ撒く」
「うん、予想はついてた」
「冷静だねぇー。この展開、読んでた?」
私はアオの目を真っ直ぐに見つめる。
「……当たり前。読んでたよ」
試すように、彼は笑った。
私は淡々と告げる。
「この制裁、『本気出さなきゃ失礼』だったんでしょ。初めて会った日にそう言ってたもんね」
「うん、言ったね」
「だから本気なんか少しも出さないんだろうなって思ってた。例えば、直前に話したばかりの制裁と同じ手段をとるとか」
初めて会った日、つまり今から二日前。アオは制裁の一例を挙げた。この裏路地で倒れていたスーツの人の制裁である。あの人の悪事は横領だったから、私と似ているなと思っていた。それは偶然だったのだろうけど、全く同じ手段をとったのはわざとだったはず。
「ずっと舐めた態度だったもんね、私のこと。私なんて取るに足らない悪人でしょって言ったときも否定しなかったし」
その後に論理クイズを解いたことも、実はそこまで重要視されていなかったのかもしれない。もしかして遊ばれていたのだろうか。
「実際、取るに足らないからね。……まさかそんな根拠だけで制裁の手段を特定したの?流石にこじつけっぽいけど」
「いや、断定したのはその後だよ。私がベランダに行ったとき、アオは後ろからついてきてたよね。本当、わかりやすかった」
私は嘲笑を漏らす。わざとだ。
「──スマホのパスワード、あのときに確認してたんでしょ?」
スマホを実際に触っている立場から見れば、すぐにわかった。アオが、隣に来るついでにパスワード入力を見ていたことくらい。




