Chapter1 単純明快かマセ犬④
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「おーい、花波?」
視界に映り込んだ親友の手のひらが上下に振られる。私ははっとして隣の席を見た。
いつもの教室の風景の中で、夢華が心配そうに私の顔を見ていた。
「なんか今日ぼんやりしてるね、花波。寝不足?」
「あ、うん……そうかも」
昨日のことを考えてしまっていたせいだろうが──制裁の悪魔とか言っても伝わるはずないし私自身も受け入れられていないので、適当に誤魔化しておく。
「ダメだぞー?私みたいに夜中まで課題を引きずった挙句SNSに走ったりしたらー」
「そんなことしてないし、夢華も大概じゃん……!」
あははっ、と明るく笑う彼女は、寝不足など感じさせない。彼女の性格は体調すらもカバーできてしまうのか……?
「あ、二ノ瀬くん、おはよー」
「っ!」
夢華が呼んだ名前に、私はドキリと──はならない。心拍数の上昇は自律神経が関わっているので、これまた病気のせいである。それでも緊張はしっかり感じるので、先ほどよりぎこちなくなってしまう。
「あぁ、二人ともおはよう」
どこか姉を思い出すふわふわ加減で挨拶する彼に、私は心なしか小さい声で「おはよう……」と返す。
夢華が二ノ瀬くんと親しげに話すのは、私と彼がくっつくように誘導してくれているかららしい。それだけ聞くと怪しいことこの上ないが、最も近くで見てきた私はわかる。夢華は本当に私の恋を応援してくれている。
「そういえば、昨日の放課後また何かなくしたとか言ってなかった?」
「そうそう、僕ほんとにドジで……物がいつの間にか消えてるんだ」
「……大変だね……」
頑張って返事をするが、言うまでもなく私のせいなので気まずい。二ノ瀬くんのドジということにされているのか。
「今度はペンがなくなっちゃって。最近のお気に入りだったから、早く見つかるといいんだけどなぁ」
やっぱり。最近あれをよく使っているなと思っていた。だからこそ盗ってしまったのだ。
しかし私の悪事など露知らず、夢華は不思議そうに問いかける。
「けど二ノ瀬くんって、別に忘れ物が多いほうってわけでもないよね?なんでそんなになくすんだろ」
「確かに……管理が甘いのかな」
自然に同意した私に続き、二ノ瀬くんも頷く。
「ちゃんとペンケースにしまってるはずなのになー。……その上でなくしちゃうからこそドジなんだけど」
自虐的に笑う彼に、私は変な気持ちになってしまい戸惑った。……罪悪感、だろうか。
変な気持ちを抱えたまま、その日の休み時間に私は夢華の目を盗んで二ノ瀬くんに声をかけた。
「……ねぇ二ノ瀬くん、これ……」
「ん?」
天然っぽい顔を上げた彼を、可愛らしいと思う。同時に罪の意識がはっきり芽生え出す。
彼は私が差し出した例のペンに気づくと、「あっ」と声を上げた。
「廊下に落ちてたよ」
「そうなの?ありがとー、届けてくれて!」
天使のような笑みに胸が苦しくなる。慣れないその気持ちを口に出してしまわないよう気をつけて、彼から離れていく。
私と二ノ瀬くんは釣り合わない。そうアオにぼやいたとき、確か「悪人には釣り合わないだろうね」と返ってきた。
どんどん罪を重ねていく私に、ある事実が重くのしかかる。
好きな人に嘘を吐いた。
保身の為に嘘吐いたんだ、私。
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家の玄関ドアを開けるといつも、空気が切り替わるような心地がする。
リビングに入ると、先に帰ってきていたらしい咲海が「おかえり〜」と出迎えてくれた。机で何やら作業をしているようだが──。
「……ラッピング?」
「そうそう〜、友達のお誕生日が近いから、プレゼントの準備。……ち、散らかっちゃったけど、ご飯までには片付けるから~……!」
慌てて弁解する彼女の手元には、シールやリボンなどの装飾品がたくさん広げられている。その中心にはちょっと上質そうなお菓子の箱。……大学生って感じでオシャレだ。いいなぁ。
「すごい……凝ってるんだね」
「相手は親友だし、わたしこういうの好きだからね~」
「忙しいなら私が夕食作るけど」
「えっ、いいよ~。今日はわたしの担当なのに」
あまり家に滞在できない母の代わりに、家事のほとんどは二人で分担している。その中でも、時間の融通が割と利く(と本人が言っている)咲海が大部分をこなしてくれている。
「でもなんというか……申し訳ないし。あんまり任せきりだとさ」
それに、家のことだけでなく自分の好きなことも大事にしてほしい……とは照れ臭くて口に出せなかった。
目を丸くした咲海だったが、すぐ柔らかい笑みになった。
「そう?嬉しいなぁ~、優しい妹で。じゃあ任せちゃうけど、花波も疲れてるだろうからちゃんと休んでね?」
「わかった、今日は任せて」
「明日のご飯はわたしがやるからね〜。今日みたいに早く帰ってくる予定なの」
「うん」
彼女は鼻歌まじりに作業を再開させた。
いつでも私の気持ちを遠慮せず素直に受け取ってくれる。そういうところに好感を持ちながら一旦自室へ入る。
ドアをしっかり閉めて。
「お、来た来たー。おかえり」
「当然みたいに出迎えるんだね」
咲海が相手のときとは打って変わって、睨むような目をアオに向ける。加えて、自分でもわかるほどの不機嫌を声に滲ませてしまった。……状況が状況だから仕方ないよね。
スクールバッグを無造作に置き、ベッドは陣取られているので勉強机の椅子に座る。
「当然みたいって、当然じゃん。ほぼ住んでるようなもんだし」
「嫌だよ……未だに受け入れられないのに」
「あははっ、そんなに気にしなくていいよぉ。サクッと制裁して出て行ってあげるからさ」
「………」
バッグから教材を取り出しながら、考える。
私が制裁を回避するということはつまり、アオに狙われ続けるということなのか。それが不愉快なのは間違いないが、だからといって素直に制裁を受け入れてなんかやらない。
課題に取り掛かる準備をしつつ自分の中の決意を確かめていると、アオが「それよりさ」と話題を変えた。
「あれ返しちゃったの?」
「あれって?」
「わかってるでしょ、二ノ瀬のペンだよ」
私は驚いて振り返る。
「……なんで知ってるの」
「もちろん見てたから」
余裕に満ちた答えが返ってきた。
見てたって。どこから?いつから?
私が何も言えないでいると、アオは小さく笑った。
「監視役、しっかりできてるでしょ?」
「ど、どうやって」
「それ言ったら対策されちゃうからなぁ」
自分で推測しろってことか……。
アオは悪魔といえど実体はあるようだし、人ひとり分が隠れられる場所があったということで間違いないだろう。それに羽根で自由に空を飛べるのなら、いくらでも監視のしようがあるのではないか。
「厄介だな……いつどこで監視されてるかもわからないなんて」
「万能でごめんねぇ。家庭的な悪人さん」
「うわっ、夕食作る話も聞かれてるし」
頭を抱えてしまう。本当に全部を監視されていると思っていたほうがよさそうだ。
なんだかアオにとって有利すぎる気がするけれど……。
(……でも、策は練ってる。そして問題なく進んでる……はず)
だから大丈夫だ。自分に言い聞かせて、課題に取り掛かった。
……不本意なことに、アオにちょっと教えてもらったりしながら。
そして同じ頃、リビングで作業を続けていた彼女は、何か思い出したように一瞬動きを止めていた。
「──あっ、やば〜。あれ忘れてた」
立ち上がりかけて、やめた。目の前に多くの装飾品が転がっているのを見て。
「……やっぱりこっちが終わってからにしよ〜っ」
呟いて、何事もなかったかのように作業を始める。
そんな何気ない場面を、私は知る由もなかった。




