Chapter1 単純明快かマセ犬③
「う〜ん、画面がちょっと割れちゃったわね〜。保護フィルムもしてたし使えないことはないけど」
スマホを指でなぞり、困ったように笑う姉。
私が一番頼りにしている彼女──咲海は、いつも多数の面倒事に巻き込まれる。無論、病気や拗れた性格をもつ私のせいで。
「ご、ごめんなさい……」
「不幸中の幸いだし、次から気をつければいいのよ〜。買い替えも考えてるくらいだし」
「え、もう考えてるの?」
「お母さんが言ってたけど……あれ?花波は知らなかったんだっけ?」
首をこてんと傾ける仕草も、無自覚だろうが愛らしい。血縁の同性がそう認めるくらいなのだから、相当なものだ。
咲海は私のスマホをタップして動作チェックをしていく。不安を感じながら隣で見守っていると、彼女はいつもの柔らかい笑みで言った。
「一応バックアップはとっておこっか〜。クラウドに保存してっと……。わたしのパソコンにもとれるから、念の為あとでやっとくね〜」
「……?そうなの?」
「やっておいたほうがいいわよ〜……前にエラーでクラウドからデータを取り出せなくなって、酷い目に、遭ったの……」
「うわぁ……わかった、ありがとう」
過去に悲惨な出来事があったらしく、遠い目をする咲海に同情する。階段を下りていった彼女を見送り振り返ると、すぐ横にアオがいた。
「わっ、ビックリした。……なんか、しばらく存在感薄くなかった?」
「空気読んで少しの間消えてたから、俺」
「消える?自由に姿消したりできるの?」
「できるできる。地獄と人間界を行き来するだけだし」
なんだかよくわからない。深掘りはしないでおく。
「……で、スマホは大丈夫だったって?」
「まぁなんとか。あとから壊れだすこともあるみたいだけど、しばらくは大丈夫」
「ふーん、よかったね」
私はアオを見つめる。
「……本当に興味ないんだね」
「そんなふうに聞こえちゃったか」
彼は純粋に可笑しそうに笑った。
✾
境目だ。
ぼんやりした意識の中、私は思う。ここは夢と現実の、境目。
スマホから鳴るけたたましいアラーム音は意識を覚醒させるには弱すぎて。もっと衝撃的で唐突な何かがないと、はっきり目覚めることは──。
「──きゃっ!?」
何かに触られた感覚に驚きの声を発するとともに、私は体を壁に叩きつけてしまう。マズい、痣になるかも。流石にこの程度で骨折はないだろうけど。
いや、それより。
一連の流れに立ち会っていたであろうアオが、ベッドを覗き込むように立っていた。にやにや笑っている。
「おはよう」
「いま触った……?」
「脇弱いんだねー」
「っ、気持ち悪いっ!」
思わずグーで殴りかかると、もろに食らったアオは案外素直に床へ倒れ込んだ。
「い、いった……」
「そっちが悪い」
「起こしてあげたのに!」
触られた感覚が残っていることに不快感を覚えつつ、スマホのアラームを止める。今度からはもう少し音量を上げておこう。
顔を伏せて動けないでいるアオに声をかける。
「……ねぇ、大丈夫?そんなに効いた?」
「予想外だったし……結構強かったし……あと俺……」
一度合った視線が逸らされる。
「……なんでもない」
「?」
「──花波〜?どうかした〜?」
そこで、心配そうな咲海の声が一階から聞こえてきた。さっき叫んでしまったことを思い出し、彼女に言葉を返す。
「う、ううん、何もない!」
「そっか、よかった〜。もう朝ご飯できてるからね〜」
姉を安心させ、私は振り返る。床に座り込んだまま、アオはベッドに寄りかかってまだ苦しそうだった。
本当はそんなのに構わず学校に行く準備をすべきなのだが、口から言葉がこぼれる。
「……夢かと思ったのになぁ」
「え……?」
「昨日のこと全部、悪夢だと思ったのに」
アオは一瞬ぽかんとしたが、したり顔で「そう思ってくれたなら何より」と言う。
その頬には未だに汗が伝っていた。




