Chapter1 単純明快かマセ犬①
そんなこんなで、私と悪魔の奇妙な共同生活が始まってしまった。
「……ちょっと待って、ずっと居座るつもり?」
「制裁できるまでは、まぁ……居たり居なかったり?なるべく観察しとかないとだし」
「居ない時間のほうが長い?」
「どうかな」
曖昧な回答しかしてもらえない。こっちは真剣に聞いているのに!
「やだよ……!プライバシーとかあるし!」
「悪人のプライバシーなんて知らないもんねー。監獄みたいなものだよ」
「ここ私の部屋なんだけど」
でもいくら抗議しても何も変わらないのだろうと察し、溜息を吐く。
「……日常生活に支障をきたし始めたら、許さないからね」
「それを決められる立場だと思ってんの?」
「もう、面倒くさいな……。お姉ちゃんやお母さんに見られたりしないでってこと」
母は大抵夜中に帰ってくるが、姉は彼女のタイミングで家にいる。ただでさえ心配かけているのに、変なのと一緒にいる所なんて見られたくない。
「そこは心配しなくていいよ。俺の姿って悪人にしか認識できないから」
「……え?そうなの?」
聞き返すと、アオが頷く。小動物のようにおっとりした姉を頭に思い浮かべる。じゃあ、大丈夫か……。
「逆に言えば、俺に反応したらお前の家族も悪人だね」
「なわけない」
即座に否定する。その点については虚勢ではなく本当に自信がある。
「ほんとー?優しそうな人が実は……みたいな展開はありがちだと思うけど」
「試してみる?お姉ちゃんならもうすぐ帰ってくるよ」
私は自分のスマホを持って立ち上がる。買ってもらったのは三年ほど前なのでだいぶ動作が遅くなってしまったが、持たせてもらえるだけありがたい。
自室を出てベランダへ向かう私に、アオもついてくる気配がある。監視されているみたいで居心地が悪い。
風を感じながら柵に頬杖をつき、慣れた手つきでパスワードの数字を入れてスマホを開く。
「……いつも、危ないからって言われて、自由に動けないんだ。体もそんなに強くないし。でもベランダって風が気持ちいいから、こっそり来ちゃうんだよね」
隣に立ったアオに呟く。
「特に今みたいに、面倒なことが起きて頭を休ませたくなったときとか」
二階分の高さを覗き込み、姉が歩いて来ないか確認する。姉の話をしてしまったせいで彼女の帰りが待ち遠しくなってしまった。だがベランダにいるところを見られると余計な心配をかけそうなので、すぐ室内に引っ込める準備はしておく。
「面倒なことって、こっちの台詞なんだけど?」
「………返す言葉もない」
「お、意外と素直。生意気そうなのに」
「…………」
生意気そうなのかははわからないが、素直になるのが苦手なのは図星だ。与えられたダメージにうまく対応できない体のせいか、私の性格までそんなふうになってしまった。気持ちが全部隠れてしまうのだ。冷静だと勘違いされるけれど、そうじゃない。対応できていないだけだ。
アオは小さく溜息を吐く。
「なんで悪事なんか働いちゃうかなぁ、人間て」
「別に困らせたいわけではないんだけどね。多分、なんかこう……愛情表現?が下手で」
「お前の場合はタチが悪すぎると思う」
「しょうがないじゃん……。積極的になんかなれないし、そもそも私が二ノ瀬くんに釣り合うわけないし……」
「ま、悪人とは釣り合わないだろうね」
「そういう意味じゃなくて」
SNSを流し見ながら、アオとぼんやり会話する。話せば話すほど自分が悪だと認識させられるようで、なんだか嫌だ。事実ではあるのだが。
「……ねぇ」
ふと、アオの声色がやけに真剣そうなものになった。思わずスマホからアオへ視線を移すと、彼は静かに続けた。
「制裁を回避するって、本気なんだよね」
「……そのつもり」
できれば、の話だけど。そんな自信なさげな蛇足はやめておいた。
「なら、ちょっと試してもいい?」
「試す?」
「お手並み拝見。囚人が帽子の色を当てる論理クイズ、知ってる?」
首を横に振る。今まで出会ったことのないクイズだった。
「そーか、よかった。絵を描けるアプリ入ってたら描かせて」
「そんな複雑なの?」
「いや、図解なら一発でわかるから」
描画アプリを開いてスマホを貸す。しばらくして返ってきた図は──なんだか、興味深かった。
「じゃあ改めて説明するね」
アオは不敵に笑った。
(挿絵)




