Prologue 3
「まず悪事なんだけど、端的に言うと長期間の横領だったんだよね、職場での。だから、その決定的な瞬間……要は金盗んでる現場を撮影して社内に公開した。単純でしょ」
アオの姿が視界に映らないよう窓の外に目をやり、また尋ねる。
「現行犯のときに、声かければよかっただけじゃない?わざわざ撮影する意味あった?」
「あるに決まってんじゃん。これって『制裁』なんだよ?こっそり声かけて穏便に解決とかありえない」
「……で、なんであの人はあそこで倒れてたのさ」
「あいつの人生終了を外から見届けてたら本人にバレちゃって、追っかけ回されたから黙らせてた」
「……目は、覚めるんだよね」
「殺すわけないでしょー。せっかく今まで通りに生きられなくしてやったのに」
「………」
アオという存在を、だんだん掴めてきた。
つまり、と呟いて私は彼のほうに向き直る。
「私にもそうやって、人生詰むくらいの制裁をしようとしてるんだ」
「そういうこと」
ひとまず理解はできた。受け入れたわけではないが。
アオは簡単にそんなことを言うけれど、私の人生だって玩具ではない。悪事について擁護できる点はないけれど、一つの娯楽のように消費されるのは嫌だ。
絶対に屈してやらない──。
悪人らしい決意を固めた私を気にも留めず、アオは憂鬱そうにぼやいた。
「ただねー、いつもは潜入捜査みたいなことしてから制裁するんだけど、お前には既に素性がバレちゃってるんだよねー」
「潜入捜査?身分を隠して近づくってこと?」
「そんなところ。でもお前には悪人を気絶させたところも見られてるし、そもそもあのときは羽根と角を隠してなかったし」
あの人の制裁を無事に終えたことで、油断していたのだろう。制裁まで身分を隠していたのなら、恐らく初めて悪魔としての姿であの人に会ったタイミング。それを偶然目撃してしまった私を、アオは例のリングで──事前準備のいらないシンプルな暴力で制裁しようとした。ところが病気によって私が苦しまず、でも制裁自体は諦めてはいけないから、ここまで来たのだ。
頭の中で繋がった情報から、希望の兆しが見えた。
「猶予が与えられたわけだ」
「ん?……あ、そうそう。不本意だけど、お前には制裁を受け入れる心の準備をする猶予があることに──」
「──違うよ」
きょとんとするアオに、私は自信を持って言ってみせる。
「制裁を回避する為の猶予だよ」
「……回避?」
彼が意外そうに繰り返す。
「そう。病気のせいで身体的に痛いことは効かない……というか君が望む反応はできないし、精神的に追い詰めるには準備がいるんでしょ?なら、私はアオの正体と制裁のことを知っていながら、しばらくは安全」
こんなこと言っていいのだろうか。
こんなこと調子に乗ったようなこと言って、事態が悪化しないだろうか。
内心の不安を抑え込んで、態度には余裕だけを滲ませる。相手を丸め込むには、結局これしかないのだから。
「だったらさ、アオの動きを警戒してれば制裁を防ぐことだってできるはずだよね」
「……へぇぇ。悪魔の俺がどんな力を使えるのかも知らないのに?」
「そんなの、わからなくたっていい。あのスーツの人を制裁するとき、あえて潜入して決定的瞬間を撮影したんでしょ?それって特別なことしてないよね。自分で『単純』って言ったし」
自分の発言が合っているのかわからなくなっても、なんとか堂々と話し続ける。
大丈夫。論理的に考えれば、今のアオは私に手出しできない。
自信を欠かない私に、アオも余裕そうに指摘を入れてくる。
「そのときは偶然、特別な力を使わなかっただけ……って言ったらどう?」
「逆に聞くけど、あの人って特別な力を使わなきゃ勝てない人だったのかなぁ?」
わざとらしく小首をかしげてみる。自分自身の行動に若干引くが、対応は間違っていないと思い込むことにする。
「取るに足らない悪人だったから、制裁も単純に済ませたんだよね?当然だよ、無害な蟻に殺虫剤を使う臆病者なんていないもん」
……いたらどうしよう。緊張で思考が変なほうに傾く。
「それとも……私のこと怖い?単純な制裁じゃ勝てない気がする?」
「…………」
アオは無言を貫く。私も余裕を貫く。……冷や汗なるものが出ない分、多少は強者っぽく見えていないだろうか。
「…………ぶふっ」
しばらく沈黙が続いてから、アオは失笑を零した。……失笑?なぜ?
「えっ、な、なに……」
「なんか面白くて。こんなに吹っ切れてる悪人見たの初めて」
笑い続けながら言う。どんな感情なのか全然わからないが、馬鹿にされたわけではないのだろうか。
「人間に挑発されちゃったー。これは本気出さなきゃ失礼かな?」
「……勝手にしなよ。絶対回避するから」
「しかしお前ってさ」
アオの笑みが別の意味を帯びる。
「──饒舌だね?」
「……っ!」
今のは多分、馬鹿にされた。




