Prologue 2
先天性無痛無汗症。その名の通りだ。生まれつき痛覚がない。
たまに羨ましがられることがあるが、ふざけないでほしいと思う。全くいいものではない。
気づいたら打撲、気づいたら骨折。熱さも冷たさも感じないし汗も出ないので、熱中症の危険も隣り合わせ。誰かに面倒を見てもらわなければ、いや見てもらっていても、覚えのない痣の発生が止まらない。自律神経がうまく機能しないこの病気は治療法も見つかっていない難病で、生きていれば常に不安が付き纏う。だからといって安易に他人に明かすと気味悪がられるので、親しい人以外には詳細をなるべく話さないようにしている。
父は私が幼い頃に病死してしまった。母は女手一つで私たちを育てる為に仕事で忙しく過ごしている。姉は大学生になりバイトも始めたが、私をあまり一人にさせられないとのことで、かなり自由を奪ってしまっている。
ざっくりまとめると、私──安崎花波の自己紹介はそんなふうになる。
「……はい、私のことは話した。君は?」
手で彼を指し示す。彼は相変わらず余裕があって楽しそうで、こちらの考えを見透かそうとするかのような視線を向けてきていた。
「……ふふっ、そっかぁ」
「笑う要素なかったよね……?」
「いや、悪人自ら生い立ちを教えてくれることなかったから、変な感じがして」
「君が強要したんじゃん!」
私を『治癒』して安全に帰す条件として、自分の生い立ちを話すよう言われたのだ。それを呑んだことで治癒と帰宅が許されたが、彼もついてくるとは聞いていない。
……そう、今いるのは私の部屋である。当然のように居座る彼はベッドを陣取っているので、私は仕方なく勉強机の椅子に座っている。
彼の魔法めいた力によって完治した右手首を眺めながら、私は気を取り直して促す。
「それよりほら、君のことも教えてよ」
「……強気だなぁ」
「危害は加えてこなさそうだから」
「加えられないって表現が近いけど」
「いちいち話を逸らさないでよ」
悪戯っぽくクスクス笑う彼を見て、もっと警戒して接しようと決心する。油断すると相手のペースに持ち込まれそうだ。
からかって満足したのか、そこから彼は素直に明かしてくれた。
「俺はアオ。『制裁の悪魔』っていう……その名の通り、悪人を制裁して回ってる悪魔」
「うーん、唐突すぎてよくわからない」
私が自分の口元に指を当てて呟くと、彼──アオは「ひとのプロフィールに唐突とか言うな」と文句を言う。正論かも。
だが、悪魔とか急に言われても反応に困る。心霊系も信じないし。
「自分で言うのもなんだけど、一応都市伝説にもなってるんだよ?」
「だからこそ現実味がないっていうかさ……。ほら、そもそもそういうのって警察の仕事だし」
「警察だって完全じゃない」
アオはにやりと笑った。
「お前みたいな賢い悪人を放っておいたりもするから」
「………」
「二ノ瀬っていったっけ?お前が好きなの。そいつの私物、定期的に盗んでるんでしょ。それもバレないように計算して」
私は顔を伏せる。初対面で悪人と言ってきただけあって、そこは把握していたのか。どんな方法を使ったかは知らないが。
「……盗んでないもん。借りてるだけ……」
「やましいことがないなら本人に言えばいーのに。隠れて困らせないでさ」
苦し紛れの反論など無意味だった。簡単に論破されてしまう。
無断で二ノ瀬くんの私物を持ち帰り、眺めたり使ったりしてこっそり返却する。我ながら随分とマズい行為だが、欲望に逆らえずやめられなくなっている。こんな後ろめたいことを、悪事と言わず何と呼ぶのか。
「それに、法に触れることと悪事を働くことは、必ずしも同じとは限らないでしょ?」
「……奥が深いね」
皮肉なことに、話を逸らしてくれたことに安堵して呟く。
「私を悪人だって判断したのも君?」
「ううん、神。神に依頼されて動いてるんだよ。だから、俺らの存在意義は結構あると思うけど」
俺ら、という複数形を聞き逃さなかった。他にもいるんだ。万一関わられたら面倒極まりない……気がする。
どこか得意げなアオに、私は質問を重ねる。
「そう……。制裁っていうのは?」
「苦しめんの」
単純な答えに、思わず「えっ?」と聞き返した。
「だからー、なんでもいいから苦しめるんだよ。その悪人にとって一番苦しいことをして反省させて、二度と悪事なんてできないようにするってこと」
「……それ、君は辛くないの?」
「全然」
本当になんてことないように言われる。心から思っているのだろう。
私はアオから目を逸らして話を続けた。
「ちなみに、さっき倒れてた人には何したの?」
もちろん、先ほど裏路地でアオの傍に倒れていた、スーツ姿の人のことである。大人相手にどの程度のことをやってのけたのか気になった。
「聞きたい?じゃー特別だよー」
アオはまた妖しい笑みを浮かべた。よく笑うんだなぁ。




