Chapter4 恋する乙女は蕾になって④
私は思わず小さく笑い、「何の話?」ととぼけてみせた。
「明らかに、一個めちゃくちゃ辛っ……」
「あー、そうそう。手が滑って一個だけタバスコ入れちゃった」
「わざとだろぉぉ……!」
テーブルに手をついて弱々しく抗議するアオ。千堂さんに協力してもらった仕返しが不完全燃焼だったので、この機会を利用させてもらった。
「ねぇ、辛さを感じるのも痛覚だって聞いたことあるんだけど、アオは辛さにも敏感なの?」
「喋らせるなって……」
「教えてよ。それが気になってこの方法を取ったのに……」
「馬鹿……!」
溜息を吐き、私はアオが持つ袋を回収して立ち上がる。
「ごめんごめん、冗談。水持ってくる。あと」
少し間を置いてから呟くように、でもはっきりと言う。
「……やってみる、籠絡」
アオから目立った反応はなかったが、気にせず部屋を出た。
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翌日、学校から帰宅して自室に入ろうとすると、妙な物が視界に映った。
「………?」
若干開いたドアの上部に、あのダイヤモンドのリングが乗っている。だがいつもアオが使っている薄紫色ではなく、黄色だ。
……あれか?学校の先生への悪戯でありがちな、引き戸の上部に黒板消しを仕掛けるやつなのか?部屋の外開きのドアには普通やらないだろうに。
万が一にもそれに当たらないよう大袈裟に避けながらドアを開く。
「あっ、花波ちゃん!おかえりなさい♡」
リングがイエローダイヤモンドだった時点でなんとなく察していたが、部屋の中にはコガネがいた。アオの姿はない。
ミニテーブルに頬杖をつくコガネを一瞥し、私は落ちたリングを指さす。
「……ねぇ、これって」
「気づかずに当たってくれれば捕縛できたんですが……流石、そう簡単には引っかかりませんね♡」
なんだか杜撰すぎるような。というか、捕縛してどうするつもりだったのだろうか。初対面のときは病気のことを知らなかったようだが、もう把握しているのかな。
アオとの違いを感じつつ、ドアを限界まで開きリングを避けて部屋に入った。スクールバッグを置いて課題や連絡用のプリントなんかを出し、コガネに話しかけてみる。
「コガネ」
「はぁい?」
「アオから聞いたけど、確認。日常的にアオにあんなことしてるの?」
コガネは一瞬驚いたように目を見開いたが、直後ににまーっと笑って「あんなこと、とは?」と首を傾げた。少し腹立ったので無言で見つめ続けてみたが、彼女の態度に変化はない。観念して私は言葉を選ぶ。
「……アオを傷つけてるの?」
「あららー、オブラートに包まれちゃいましたね」
コガネはつまらなそうに唇を尖らせ、「まぁそういうことですが」と認めた。
地獄は治安が悪い。アオが言っていたことを思い出しつつ、どうしてと尋ねてみた。
「え、理由ですか?うーん……」
「考えないと出てこないんだ」
「ひとをイジメたくなるのは人間でいう本能に近いですからね」
危険な存在だ。『制裁の悪魔』だかなんだかにはピッタリだろうけれど。
「最初のきっかけはセンパイがルール違反をしたことでした。愚かなことするんだなー、どんな奴なのかなーって、接触しに行ったんです」
前にアオが話していた、人間の依頼を受けたことだろう……けれど。
「傷つける理由にはなってなくない?」
「えー?難しいですねぇ」
数秒間首を捻って、コガネが顔を上げた。
「強いて言うなら面白いからでしょうか。センパイ、あたしが絡みに行くといっつも面倒臭そうで」
きゃはは、と派手に笑う彼女のその言葉に引っかかりを覚えたことは口にせず、相槌を打つ。仕草がいちいちあざといひとだ。
籠絡……できるだろうか。
そんなことを考えていると、不意にスマホが鳴った。
『クッキーめちゃめちゃおいしい!!ありがと!!』
スマホの通知欄に、絵文字で装飾されたテンションの高い文が表示される。夢華からのLINEだ。今日学校でこっそりあげたクッキーを帰宅直後に食べてくれたらしい。しかも『おいしかった』ではなく現在形であるところを見るに、恐らく一口食べてすぐに連絡をくれている。夢華らしい。
「なになに、好きな人からの連絡ですか?」
「え?」
「嬉しそうな顔してるので」
興味津々なコガネの言葉に、二ノ瀬くんにもクッキーをあげたことを思い出す。彼にも、おいしいと言ってもらえたらいいな。
「今日友達にクッキーあげたから、おいしかったって感想が来た」
「へぇ〜、悪人のくせにカワイイことしますねっ」
「………」
ウザい。なんだ、アオとそんなに変わらないじゃないか。二ノ瀬くんのことを想って穏やかになった気持ちが吹き飛んでしまった。
だが、これはチャンスかもしれない。
私はコガネを真っ直ぐ視界に捉えた。
「コガネは……クッキー好き?」
「えっ?えーと、甘いものなら好きですよ」
「まだ冷蔵庫に残りがあるんだけど、食べてみる?」
コガネが硬直する。そしてみるみる顔が赤くなる。……あれ?
「なんで、え、いいんですか?なんで?」
「だって甘いもの好きなんでしょ?」
「ちが……わないですけど!私会ったばっかりの悪魔で、センパイにちょっかいかけてて、なんていうか」
しどろもどろになりながら、それでも彼女は自身を指さして言い切る。
「嫌われる要素しかないですよね!?」
あ、自覚あるんだ。
「わかってるんなら、せめてアオを傷つけるのはやめようよ」
「それはやめません!じゃなくて、対応がイメージと違いすぎて……ほら、もっとこう……ライバル意識とか」
「ライバル」
復唱してみる。……少女漫画の強キャラ的な?
「まぁいいや、よくわかんないし。クッキー取ってくる」
「だから、なんでそこまでしてくれるんですかぁ!」
そんなに混乱させるようなことをしているのだろうか。悪魔が勝手に訪問してきたときの正しい対処など知らないのでなんとも言えないが──。
(……少なくとも、アオと初めて会ったときはもっと雑に扱ってたかな?)
コガネを必要以上に丁寧に扱い、困惑させているこの状況は……籠絡の第一歩を踏み出せていることになる?
わからない以上、自信を持って相手を丸め込むしかない。振り向いて、感情を読まれないよう無表情を保って答える。
「仲良く、なりたいから」
コガネの反応を見るのも気まずくて、私はそそくさと部屋を出た。




