Chapter4 恋する乙女は蕾になって⑤
✾
「おいしっ……!」
いくつか皿に乗せてクッキーを持ってくると、コガネは一口食べて幸せそうに言った。私も既に食べているのでおいしいことは知っているが、ほとんど咲海の手柄だろう。冗談めかしてそう伝えると、コガネは首を横に振った。
「いいえ、きっと協力プレイの成果ですよ!」
満面の笑みでもぐもぐしている彼女は、ハムスターのようで可愛らしい。アオをいたぶっていたときの表情とのギャップがあまりに大きくて困惑してしまう。
ふと、コガネが纏ういい香りに気づく。それで思いついたことがあったので、そのまま口に出してみた。
「……次に作るときがあったら桃風味にしてみよっかな。コガネ、多分桃好きでしょ」
「な、なんでわかったんですか!?」
「香水」
コガネははっとし、「あぁ〜……」としてやられたような声を出した。
「そういえばそうでした。香水、気づいたんですね」
「うん。お姉ちゃんがそういうの詳しいから。あと友達も」
「なる、ほど……」
相槌を打つコガネが照れた顔になる。私が不思議に思うのを察したらしく、彼女は「いやぁ……」と頬を掻いた。
「その、もしかして……私の為に?」
「?」
「今度は私の為に作ってくれるんですか?クッキー……」
おっ。
「まぁ、次があればね。気に入ってくれたみたいだから」
「……気、遣ってます?」
「全然」
「うぅ。制裁しに来たのに変な展開です……!」
『制裁』というワードが初めて出てきた。捕縛されそうになったり悪人と呼ばれたりした時点で流石に察していたが、やはり彼女の目的は制裁で間違いないらしい。籠絡で敵を減らせるのなら、それに越したことはないけれど──。
(……アオは何を考えてる?)
面白いものが見られる、と彼は言った。でもそれが主な目的なわけがない。……よね?既に術中だったらどうしよう。
「花波ちゃん、どうかしました?」
「あ、いや、なんでも」
籠絡相手を放ったらかして考え事をしてしまった。気を取り直して、きょとんとしているコガネに向き合う。そこで、彼女の口元にかかる綺麗な金髪に何かついていることに気づいた。……クッキーのカス?
「コガネ、ちょっと髪触るよ」
「──きゃっ!?」
「えっ」
私がコガネの髪に触れた途端、彼女の体がビクリと跳ねた。咄嗟に、というように手を払われる。事前に言ったのだからそんなに驚かなくても。
「あ、すみませんっ、つい、えへへ」
「気にしなくていい。……急に触れてごめん」
「いえ……」
コガネはきまりが悪そうに俯き、自分で髪についたカスを回収した。
(……これって。この妙に過敏な反応の違和感って)
アオのときにも覚えたものだよね……?
✾
籠絡作戦を始めて数日──夏休みに入った頃。
籠絡といっても、アオが言っていたような色仕掛けなんかはしていなかった。ただ『友達の中でも特別な存在』くらいを目指し、必要より少し上の接し方をしていた。
「ねぇ、デートしない?」
だからこの提案も、その一環だ。強めの言葉を使ってはいるが。
私からの言葉を一音ずつ咀嚼するような素振りを見せた後、コガネは目を丸くした。
「で、ででデートですか!?今から!?」
「うん。……表現が嫌なら修正するけど」
「そ、そんなんじゃ、嫌じゃありません!」
わたわたして主張する彼女の顔は赤い。アオから聞いていた情報(コガネは妖艶な仕草でひとを惑わす)が嘘なのかと思うほどチョロすぎる。自分から仕掛ける機会が多いせいで、相手から来たときの対処を習得してこなかったのかもしれない。好都合だからいいけれど。
埃が立つから興奮のあまりベッドを叩くのはやめてほしいな、とは言わず、私は営業スマイルで「よかった」と呟く。
「コガネと一緒に行きたい場所があるんだ。デートに相応しいかはわかんないけど」
「大丈夫です!どこでも楽しめる自信があります!」
「……そうだね、私と一緒だもんね」
「うふふっ、はい」
コガネは嬉しそうに笑う。……私に本当に彼女ができちゃったら、こんなふうなのかな?
「それで、どこ行くんですか?」
「まだ内緒。ついて来てくれる?」
「了解ですっ!」
家にいない咲海にメールだけ残し、私はコガネを連れて歩き出した。十分ほどそのまま歩いて辿り着いたのは、草木が視界の大半を占める広場だった。広場といっても整備は行き届いておらず、植物が遠慮なく生えまくっている。人も全然いない。
それでも、木々の奥には明るい風景が見える。遠くまで見渡せる、山と海。絵画のようだ。ここは高い崖になっているため近づくことはできない。
「花波ちゃん、ここは……?」
「綺麗でしょ。『思い出の広場』……って言うだけで、二人の間では通じてたらしい所」
「二人とは?」
「両親」
自然の絵画に背を向け、首を傾げているコガネを見つめる。
「ここ、両親の思い出の場所」
自分の大切な部分をさらけ出すこともまた──籠絡の手段である。




