Chapter4 恋する乙女は蕾になって③
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妖艶な仕草でひとを惑わし、身体的な弱みを探る。精神攻撃は不得意……。
コガネに関する情報は、まとめるとそんな内容だったはずだ。
(どうしよう、か……)
アオに対抗するのとは最適解がまた違ってきそうだ。そもそも私の身体的な弱みとはなんだろう。痛覚過敏のアオと正反対な私に、コガネがどんな手を打つのか予想がつかない。彼女についてだってほぼ何も知らないも同然だし。
「花波、できた?」
「あ、一応。こんな感じでいい?」
髪を一つに結った咲海が、私の持つボウルの中を観察する。そして「うんっ、完璧!」とにこやかに頷いた。
「じゃあ生地を分けてココア入れて、あとは──」
咲海が楽しげに続けるのは、クッキーのレシピ。お菓子作りをしようという咲海からの突然の提案に乗り、今は二人でキッチンに並んでいる。
休まなきゃダメだと、咲海は言っていた。体ではなく心の話だろう。
(もしかしたらこれも、気分転換にって意味だったりして……?)
真意はわからない。でも、今くらい純粋に楽しもうと決めていた。一旦コガネのことは忘れるか。
しかしそれはそれとして、私にはもう一つ悩みの種があった。それを取り除かないことには違うことばかり考えてしまいそうな気がした。
意を決し、ココアパウダーを取り出す咲海に尋ねてみる。
「お姉ちゃん」
「ん〜?」
「誰かを好きになるって、どういうことだと思う」
急な質問だったせいで驚いたのか、咲海の手が一瞬止まった。作業を再開させ、二つの生地の塊のうち一つを別のボウルに移す。
「それは、二ノ瀬くんって人のこと?」
「……まぁ私にとっては、そう」
二ノ瀬くんに片想い中であることは姉にも伝えている。あれも、自分の気持ちを明確なものにしたかったから──自力で理解できない気持ちに名前をつける為だった。小学生の頃から人を好きになっていたという夢華とは、理解度が明らかに違ったのだ。
咲海は生地にパウダーを混ぜながらしばらく思案して、やがて柔らかい笑みで言った。
「無理に決めなくてもいいのよ」
「え?」
「この人を大切にしたい、なるべく一緒にいたい、そう思えるならどんな意味であれ『好き』なんだから。難しく考え込む必要はないの」
ね、と咲海が首を少し傾ける。その仕草は、彼女だからこその、他の誰にも出せない安心感に溢れていた。心がグラム単位で軽くなる感覚があった。
私はまたとある決意をする。
「じゃあさ、お姉ちゃん……私に何かあったら、相談に乗ってくれる?」
「相談?」
二度目の唐突な質問に、咲海は穏やかに「もちろんよ」と答えてくれた。
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「可愛い〜!あったかい〜!」
完成したクッキーは結構な量で、恐らく一度に食べられるほどではなかったが、咲海は気にすることなくはしゃいでいた。普段はあまりお菓子を作ったりしない上に彼女は可愛いものが好きなので、いろんな形に型抜きされたクッキーにはしゃぐのも無理はない。
……と冷静そうなことを思う私だが、きっと私も目を輝かせている。未経験だったのでうまくできるのか不安だった割には、並ぶクッキーは様になっているのだ。
「ねぇ、これ誰かにお裾分けしない?」
「お裾分け」
「うん。お友達とか喜ぶわよ〜、可愛いし!」
夢華の顔が真っ先に浮かぶ。好きそうだな、こういうの。二ノ瀬くんには……急にあげたら驚かれるかな。夢華にLINEして相談しよう。
あとは……、あとは。
「……じゃあ、分けようかな」
「わたしも親友にあげよ。花波、何人くらいに分ける?ラッピングするよ」
真意はこっち──私が意中の誰かにクッキーを渡すこと──だったのかなと変に勘ぐりながら、私は咲海のほうを見る。
「三人」
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「あげる」
「え」
咲海によって綺麗にラッピングされた数枚のクッキーを、アオに手渡す。今回は部屋に入っても彼がいなかったので、名前を呼んでみるとぱっと現れてくれた。
一瞬後、彼は目をぱちくりさせていた。その反応に私ははっとする。
「……あ。アレルギーとかある?」
「ない、けど」
「じゃあその……受け取ってください」
恒例になりつつあるミニテーブルに向かい合う形で、受け取られないまま放置されるのも気まずい。そんなに意外だったのか、アオは見たことがないくらいきょとんとしていた。でも小さく笑ってからちゃんと受け取ってくれる。
「な、なんで笑うの……」
「ううん、ありがと」
なんだか気恥ずかしくて、袋を開けるアオから目線を外し、私は頬杖をついてぽつりと言った。
「コガネの件」
「あぁ、作戦考えられた?」
「それがね……どうしたらいいかわかんなくて。コガネと会った時間なんてせいぜい五分程度だったし」
アオがクッキーを口に入れて「甘ー」と呟いた。その顔が彼らしくもなく綻んでいる。
「だから一旦、どうにか誘導してアオみたいに……というか、いっそ友達みたいに接する機会を作ればいいかもと思ったんだけどどう?」
「情をかけさせるってこと?」
「その意味もあるし、私もコガネのことを観察できる。一石二鳥だよね」
問題はその機会をどう用意するか、なのだが。
アオが数秒ほど考えるように黙り込む。不意に「そこまでできるならさ」と声のボリュームを落とした。
「──籠絡してよ」
「……………え、なんて?」
「いっそ籠絡しちゃおう、コガネを」
「は?」
そこまでの意味は込めていなかったので動揺してしまう。
「友達になることって……籠絡になるの?」
「違う違う、せっかく言葉濁したのに」
濁さなければいけない言葉を使おうとしていたのか。嫌な予感がする。
「じゃあ……なに」
「だからほら、色仕掛け」
「は!?」
思わず大きな声が出て、咄嗟に片手で口を押さえる。……もう遅いけれど。
私の反応を見て楽しそうなアオに向き直り、顔をしかめた。
「なに言ってるの、本当に。まず相手は女の子でしょ?」
「何か問題ある?」
「私もそうだし、多分コガネも好きにならないよ」
「コガネは両方いけると思うけどな」
「……申し訳ないけど私女の子は好きにならないから」
「花波が好きになってどうする」
あ、そっか。
いやいやそうにしても問題はある。
「じゃなくて……私そんなのやったことないよ」
「いいじゃん、花波は大抵のことできるし」
「できるというかやりたくない……」
ついに本音が出てしまう。
アオは「えー?」と首を傾げた。
「別にできないわけじゃないんでしょ?籠絡が成功すれば花波にとっても都合いいし」
「……私がコガネを味方につけて、アオにメリットある?」
「面白いものが見られる」
即答されてしまった。しかも思っていた方向と違う。
「私怨を晴らすのに利用する、とかじゃないんだ」
「それもあるけど、面白かったらなんでもいーよ」
そんな軽い感じでいいのか。
アオはコガネのことを本当に何とも思っていないのかもしれない。あるいは──。
(……この考えは、仮説に過ぎないけれど)
それでも私は、アオが吐いている嘘にちゃんと気づいている。確実というわけでもないが。せっかくだから今問い詰めてみようか?
そう考えたとき、不意に──アオが咳き込んだ。見ると、涙目で私を精一杯睨んでいる。
「……花波」
「なに」
「──何入れた?」
苦しそうな表情のアオの手には、クッキーがなくなった袋。




