Chapter4 恋する乙女は蕾になって①
気まずい。
初めてアオを自ら家に招待し、とりあえず部屋まで連れてきて──。
(コガネ……だっけ。あの悪女……)
強制的に目に焼き付けられた光景を振り払いたくて、目の前に座るアオに向き直る。
あいつ、絶対に許さない──。
✾
遡ること一時間ほど。
金色のウルフカットにギャルっぽい服装の可愛らしい少女は、縛り上げられた少年をいたぶりまくるという見た目にそぐわない行動をしていた。しかも舞台は雨が降る薄暗い公園。関わってはいけないひとだとしか思えない。
彼女が持つ鋏にアオの羽根が切り刻まれていく中──私は動けずにいた。
足が竦んでいたというのもある。目の前でひとが暴行されているのを見たことなどなかったし、そもそも何がどうしてこうなっているのか不明点が多すぎる。
だがそれ以上に、私という立場の人間が取るべき行動がわからなかった。
アオは友達じゃない。どちらかというと敵だ。けれど同時に、お互いをよく知る者どうしでもある。
(助けるべき……?でも、助けるにしてもどうやって……)
「あれれー?もうギブですか、センパイ?」
「っ、なんで……っ、今お前がっ……」
「なんか言いました?声ちっちゃくて聞こえないです〜♡」
「あああぁぁぁああああっ!!!」
また鋏が羽根に躊躇いなく侵入し、アオが身を捩る。涙も涎も血も雨の中に溶けていく。
アオは今『痛い』んだ。
さらにその感覚が過敏なんだ。
名前もない、難解でマイナーな美術品を前にしたとき、多分こんな気持ちなんだろうな。
何もできず立ち尽くしていると、アオと目が合ってしまった。
「あ……」
「………」
ぎゅっと瞼を閉じたアオの口元が動いた気がした。
──助けて。
アオに頼られてしまった──『あの人』の面影を感じてしまった私の胸が、チクリと痛んだ。
「思ってた何倍も雑魚ですね、センパイって。こんなんで調子乗ってたんですかぁ?」
「……くっ…………かはっ……」
「きゃっはは、いいですねぇその反応。最高に無様ですっ♡」
コガネが鋏を持ち直し、握る形で上から振りかぶる。
それを見て私は──考える前に体を動かしていた。
「──えっ?」
素っ頓狂な声を上げた彼女の視線の先には、鋏を止めようと伸ばし、そのまま貫かれた私の右手があった。
私は彼女を睨む。
「やめて」
「えぇ、いやいや……あなた、痛くないんですか?」
戸惑って訊く彼女に、私は答えない。アオも遅れて状況に気づいたようだったが、その反応まではわからない。私がコガネから目を離さないからだ。
何も言わずに、左手で鋏を引き抜く。穴が開いてしまった右手からは血が滴るが、発生するはずの痛みは私に伝わらない。
「ここから離れて」
「……ひゃっ!?」
液状の赤を被った鋏をコガネに向ける。
「アオから、離れて」
「うぅ……生意気なんですよっ、悪人のくせに……!」
怯んでいるが不満を隠すつもりはないようで、べーっと舌を出して彼女は消えた。アオが消えるときと同じ、物質の全てが別の場所に瞬間移動するかのようなやり方で。
振り向いて問う。
「………アオ?大丈夫?」
「見苦しいとこ見せちゃったね、ごめん」
返答としてはズレた、感情の籠らない声が返ってきた。自身を魔法か何かで治癒しているらしく、羽根が徐々にもとに戻っている。初めて会ったあの日のように、私の右手も完璧に治癒してくれた。
とりあえずアオを拘束したままだったロープを解く。
「……風邪引く。帰ろう」
コガネへの対抗のせいで雨に濡れてしまっていた私は小さく言い、アオの手を引いた。
✾
当然ながら千堂さんは何がなんだか理解していなかったが、私にもわからないので仕方ない。感電に巻き込んだ件は……誤作動の一点張りで乗り切っておく。ひとまず解散ということで、後で連絡すると伝えた。
千堂さんと別れ、私とアオは家路についた。
不本意にも相合傘をすることになった(傘はアオが持ってくれている)私たちはしばらく無言で、その沈黙を破ったのは私のほうだった。
「……あの子、後輩って言ってたけど本当?」
「そう、『制裁の悪魔』の後輩……。数十歳下なだけだからほとんど変わらないけど」
ほとんど変わらない、と口の中で反芻し、本題に入る。
「じゃあ、痛覚過敏ってなに?」
「話さなきゃ駄目?」
「私は病気のこと話したよね」
じっと見つめると、アオは憂鬱を最大限押し殺した溜息を吐いて明かしてくれた。
「……多分、何かの不具合なんだよ。それこそ病気みたいな。悪魔として生み出された瞬間から、俺は痛覚だけ異常に敏感なんだ」
「なんで今まで話してくれなかったの」
「好き好んで話すわけないでしょ」
確かに自分から痛覚過敏の件を切り出さなければならない切っ掛けはこれまでなかったように思う。私が先に病気のことを伝えていた分、不公平さは感じるけれど。
家の玄関扉に手を掛け、私は徐に振り返った。
「きっと、他にも隠してることあるよね」
「洗いざらい話せって?」
「そんなんじゃなくて」
アオの声色に若干の自嘲を感じ、私は思わず顔を伏せた。扉を引く。
「いつかは全部教えてほしいな、なんて」
「……今後の状況による」
雨水を払った傘を傘立てに入れながら、予想よりも軽く彼は言った。




